準備するんだが?
八月四日。
「隆さん。起きてください」
「ん……」
誰かが僕を呼ぶ。いや、誰か? 誰かとはなんだ、東條隆!! この麗しの透き通った声! 癒しの声! お前はそんなことも忘れるような不届き者になったとでも言うのでござるか!?
そう……この声は我が嫁であり妻であり彼女であり相棒であり分身である……シャルロットた――
「おはようございます!」
ドンッ! 目を開けた途端、ベッドから転げ落ちる。そうだった。シャルロットたんの声と同じ声を持つ人間が僕の身近にもう一人いたじゃないか。もどき。ははっ……そうじゃん……現実にシャルロットたんなんかいるわけないんだった……あは……あはははは……
「もう六時半ですし、そろそろ可憐さんたちが迎えに来ると思いますので準備をしましょう! 楽しみですね! お母様も早めに朝食の支度をしてくださったみたいですので、冷めないうちにとのことです! では私はお先に!」
バンッ! 扉が閉まり、部屋には転げ落ちたままの僕がいた。そうか。母さんもいつもより早起きして作ってくれたんだ。
というか、なんかあいつ妙にテンション高いな。それもそうか。あいつ自身、こんな大人数でどこか出かけるなんて初めてだろうし。と、それは僕もか。
僕は立ち上がり、着替えを始める。
そう。今日は八月四日。あのあと僕ともどきは目を覚ますとここに戻っていた。目を覚ましたのは翌日の八時ごろだが、体もものすごく軽くなり、気持ち悪いほど快適な眠り。もどきもそうだったし、美沙にも確認したところ、同じように言っていた。
痛みも取れている。
こんなことをしたのも全部投資業界の仕業。あの七不思議怪異もそう。
あとは黒幕という言葉も気になる。
誰なんだ、黒幕って……
とまあ、そんなことは置いておいて。今日はみんなで遊びに行く日。一泊ニ日。旅館沢村屋というところに九人で行くことになっている。
僕はあまりよくは知らないが、いい旅館らしい。目の前には海もあるから泳げるとか。それのせいで何が虚しくてネットショッピングで海パン選びをポチったことか。サイズが合ったのが唯一の幸運というべきか。
それに、上条の言っていた「罠」という可能性だってある。投資業界の襲撃。ありえない話でもない。チケットを配ったのもあいつらだし。でも、そんなことばかり気にしていても楽しめない。
楽しまないとね。
さあ、行こう……!!
部屋のドアノブに手をかけ、部屋を出た。
あいつらも今頃は準備してるところだろうか。
管理局本部 赤城と加賀の部屋
赤城と加賀はすでに支度を終え、赤城は椅子に座っていた。正面には少し大きめな立て鏡。後ろに立っているのは加賀。右手に持っているくしで赤城の髪を靡かせる。
「赤城の髪って、とても触り心地がいいんだね」
「そうですか? 自分ではよくわかりません」
赤城は目を瞑りながら気持ちよさそうにしている。加賀の目も小動物を見ているかのような優しい目つきで赤城の髪を見ている。時折、立て鏡に映る赤城を見ては少しにやける。
「なんか赤城の髪って、草原に咲く一輪の百合って感じがするんだよね。それを愛でてる私――」
「ねえ、加賀。この服でいいと思う?」
この部屋は赤城と加賀の部屋。しかし、今日は何故かもう一人いた。
「いんじゃないの〜」
それをさらっと真顔で流す加賀。この部屋にいるもう一人の人物は可憐。大きな姿鏡の前に黒色のセクシーな下着姿で立っている。手に持つものは一着のカーディガン。それを自分の体の前に合わせる。
加賀は一瞬で顔の表情を戻し、再び赤城の方を向いた。髪は靡かせるが、目線は赤城の顔が映る鏡。赤城は目を瞑っているため、気づいていない。
それを微笑ましく見ている。
「百合の花? 百合じゃないとダメなんですか?」
「赤城、それ聞いちゃう? そう、百合じゃないとダメなの。できれば、白色の百合の花が私としては好みかな」
「加賀〜。これだとちょっと派手かな?」
可憐の手に持つものはベアトップ。それを自分の体に合わせる。ベアトップとは肩ひもがなく胸から上が完全に露出している服のこと。たしかに、他の服に比べれば派手さは増すであろう。
ちなみに、先程のカーディガンは加賀のベッドの上のたくさん置いてある服の上に投げ捨てた。
「はいはい、似合ってる似合ってる」
それに対しても真顔で返す加賀。その言葉でまたベッドに服を投げ、次なる服を探る。
赤城は目を開け、考え始める。
「白色の百合の花言葉って……」
「純潔。それはつまり、汚れなき美しき存在そのもの。でもそれは白色の百合の花言葉。百合であるのには意味がある」
「そ、それって……!?」
赤城と加賀は鏡越しに目が合う。加賀は赤城の耳元に口を近づけ、吐息混じりの言葉で囁くのだった。
「そう、それは……」
「この服とかどうかしら!? ねえ、加賀!?」
「さっきからなににえ!? 邪魔するんじゃないにえ!!」
鬼のような顔をして可憐を睨みつけ、牙を出しながら唸り始める。加賀は百合の間に介入する男自体をあまり好まないが、それを邪魔されること自体も良くは思っていない。
「あなたがコーディネートしてくれるって言ったからこの部屋に来たんでしょ!!」
「ああ言ったよ!! それはそれとして、なんで服選びに一時間以上をかけてるの!? というかその服着るのもう四回目!!」
可憐の待っているドレスシャツを指さす。
「うっ……」
それを言われると弱い。朝の五時に可憐は大量の服を赤城と加賀の部屋に持ち込んだ。赤城と加賀は普段の習慣から早起きをしており、当日早くに起きて準備をすることにしていた。何より、前日に可憐から服のことで相談を受け、翌朝くるようにと言われたからそれはいいのだが、なかなか服が決まらないようでかれこれ一時間以上かかっていた。
そのせいで加賀のベッドの上には大量の服が散らばっていた。加賀も最初こそはアドバイスをしっかりしていたが、同じ服を何回も着るため、だんだん適当になって行った。
「可憐は何着ても似合うって言ってるじゃん。本当になんでもいいんだって。あとは私のアドバイスを踏まえた上での可憐の好みでいいの」
「そんなわけないでしょ! 適当なことばっかり言って……! あなただってそう思うでしょ!?」
目線は赤城の方を向いていた。それに気づき、赤城は可憐を見る。
「私も加賀と同意見で、可憐は何着ても似合うと思います。あとは可憐次第かと」
「あなたまでそんなこと言う気!? 加賀に買収されたのね!? 私をはめて恥をかかせようと……!! 朝食で出るプリンあげるから本当のこと言いなさい!」
「プリンは喜んで受け取りますが、答えは変わりません」
「もー! なんなのよっ!!」
なぜか涙目になる。
「はあ……ダメだこりゃ……」
もちろん、買収などされていない。二人とも本当になんでも似合うと言っている。実際、可憐の容姿は整っており、スタイルも抜群。
しかし、何故かその言葉を信じれず、ついには楽しみに取っていた朝食のデザートに出てきたプリンをも差し出そうとする。
これが人類最強の少女だと思うと加賀の口からため息が出始めた。
「大体、遊びに行くからってなんでそんなに時間をかける必要があるの?」
「そ、それはー、そのー、歳の近い子と出かけるなんて、あなたたち以外なかったわけだしー……」
可憐は立場上、歳の近い友達が元々いなかった。出かけるとしても、同じ管理局の赤城と加賀くらい。だから買うだけ買い込んでいた何十着もの服を全て赤城と加賀の部屋に持ち込み、加賀のベッドを置き場所として使っていた。
何より、加賀にコーディネートを頼むことはまだしも、一時間以上悩むのは明らかに不自然。
「あ! もしかして、今日行くメンバーの中に気になる人がいるとか!」
加賀は人差し指を立て、何かを閃いたかのように言う。
「は、はあ!? な、な、な、な、なあああわけないでしょおがあああ!! 何を根拠に言ってるわけ!?」
「可憐から見たら八人いるわけじゃん? そのうち、私と赤城は除くとして、あとは六人。そのうち四人は女子だけど、百合属性の私から見て、可憐は百合属性はない。上条って男は眼中になさそうだし、ぶっちゃけ可憐、東條隆のこと好きでしょ?」
「あ、そうだったのですか。やっぱり」
加賀と赤城がもしそうなら、わざわざ二人のいる部屋でコーディネートなんか頼まないし、しないはず。そして、これは根拠があるわけではないが、加賀自身が百合属性。それも強力なもの。
なんの能力でもないただの性癖だが、同じ百合属性を持つ女性を感知することができる。
残った選択肢としては、隆と上条。上条のことは調べてはいたが、それは隆に接触したから。何より、彼と会ったのは七不思議怪異の一件が初めて。それもかなり終盤。だから可能性としては低い。
となれば、ほぼ消去法みたいなものだが、隆になるわけだ。
「な、な、な、な、な、なんでそうなるよ!!?? 東條隆はただのターゲットであって――」
「恋の?」
ジト目で可憐を見る。それになぜか動揺している。
「なっ……!?」
その瞬間、二人は立ち上がった!
「狙ったターゲットは逃さない!」
「恋のターゲットも逃さない!」
「スナイパーでターゲットを射抜き!」
「巨大な爆弾をぶつける!」
「正義執行管理局!」
「紫可憐!」
シャキーン! 赤城と加賀は互いに銃を手で作り、足を軽く曲げながら可憐に向け、ウインクをする。
決まった。かっこよく決まった。加賀のその顔は達成感で満ちていた。
「ふっ!!」
「ぶはっ……!!」
可憐は震え上がり、加賀の額に強くデコピンを入れた。加賀は小さく吹き飛ばされ、服が散らばるベッドの上へと倒れ込んだ。
なぜか赤城だけが無事なのは可憐自身、何か察するものがあったということだろう。
「バカなことばっかり言ってないでそろそろ行くわよ」
「それでなんの服を着ていくのですか?」
「知らないわ、もう! 適当よ、適当! ふんっ!」
そのまま適当にとった一着の服を着て、服を散らかしたまま、鞄を持って部屋を出て行った。
それを見て小さく笑う赤城。デコピンを受けて伸びてはいるが、加賀も少し口角を上げていた。
こうして、管理局三人組は管理局を出るのであった。




