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夜の徘徊なんだが?

 四階 東渡り廊下


 人体模型は可憐を必死に追いかけたが、理科室を出た時点で可憐の姿は消えていた。それもそうだ。彼女の鍛え上げられた脚と恐怖心で速度はもはや、特急列車より速かった。そのため、人体模型は理科室から一番奥の東廊下にあった。


「う〜ん……さっきの紫色の髪の女の子どこいっちゃったのかしら。全くも〜う、やんなっちゃうわ」


 顎に手を当て、クネクネと歩き出した。その道は南館へと続く渡り廊下。ゆっくりゆっくり、モデルのような歩き方をする人体模型。その前に月光の陰となる人影が一つ見えていた。


「うえ……」


 昇龍妃。彼女も他の参加者同様、気がついたらここにいた。目が覚めてからしばらく探索をしていたところ、人体模型と遭遇。剥き出しなのに動いている臓器や骨。表情ひとつ変わらない人形の顔。モデルのような歩き方でクネクネしている動作。

 あまりの気持ちの悪さに驚きというより、ドン引きしていた。


「ん? あら、こんばんわ。ここら辺に紫色の髪をした女の子見なかったかしら? 歳はあなたよりちょっと上ぐらいに見えたわ」


 足を踏み出したまま、昇龍の顔を見て尋ねている。昇龍は一瞬、紫可憐のことを思い浮かべた。そう、あの結婚式をめちゃくちゃにした張本人。しかし、その時が初対面。もう会うことはないと思っていたため、違うだろうと感じた。

 すぐに思考を切り替え、頭の中に気持ち悪いという考えだけが浮かんだ。


「いや、知らねえよ。てか、きめえよ」


「そ。答えてくれてありがとう。ま、別にいっか! 世の中にはいい人間の体なんてたくさんあるんだし!」


「……」


 あまりの気持ちの悪さに罵倒することもできないでいた。その間にも人体模型は右手で顎を押さえ、左手の人差し指で何度も円を描く。

 それはまるで、恋する乙女のよう。それが中学生くらいの思春期の女の子なら可愛かっただろう。しかし、相手は人体模型。気持ち悪さしかなかった。

 すると、人体模型は昇龍の方を横目で見る。昇龍は眉を(ひそ)め、少し警戒した。


「じゃあ……あなたの体頂いちゃおうかしら。あたし、いっきまあああああすっ!!」


 右足を引き、腰を低くして全速力で走り出した。相変わらずプロ顔負けの完璧なフォーム。腕を思いっきり振り、地面を蹴り飛ばすような走り。昇龍の嫌な予感は的中していた。

 目があった時は十メートルあった距離が、すでに二メートルまで縮めていた。本当に一瞬の出来事。瞬きをしている間にそれだけ縮めていたようなレベル。


「いくわよおおおおおおお!!」


 そこで人体模型は飛び上がり、昇龍の体の上に被さろうと襲いかかる。

 昇龍もそれに気づく前から右足を引き、戦闘態勢をとっていた。

 ドンという音が渡り廊下に響き、人体模型はあっけなく上の壁に飛ばされる。昇龍は無言で綺麗に上段蹴りをし、それが人体模型の体の骨の部分にヒットしていた。しばらく壁にへばりついてから床に倒れて落ちてきた。


「や、やるわね……あんた……ぐはっ……!」


 昇龍は起き上がる前に人体模型を踏みつける。人体模型は動くことが出来ず、ずっと倒れている。


「おい、教えろ。なんであーしは学校にいる? お前はなんなんだ」


「なぜ学校にいるかですって? 教えてあ〜げない――げぼらっ!!」


 人体模型は顔だけ上に向け、昇龍と目を合わせる。そんな人体模型に容赦なく、体を踏みつける。次第に昇龍もイラつき始め、どんどん強く押しこんでいく。


「いいから教えろ! なんなんだよ、ここは!」


「いいわ。そんなに気になるならあたしの正体を教えてあげる。あたしはね、七不思議怪異の人体模型。生身の人間の体を求め、夜の学校を徘徊する麗しの乙女!」


「……なっ!!」


 右手で昇龍の右足を掴み、思いっきり引っぱる。そのせいで転倒し、昇龍の体は地面に叩きつけられる。

 その隙に人体模型はムクムクと体を起き上がらせ、立ち上がってゆらりゆらりと昇龍の体の上になる。


「あんた、やってくれるじゃないの……あたしからは逃げられないということを……その体に教え込んであげるわ……!!」


 さっきまでオネエ声だった人体模型は低めの声に変わる。昇龍の顔の横に手をつき、至近距離で近づき、舐め回すかのように角度を変えては見つめ直す。

 顔は相変わらず無表情。さすがの昇龍も恐怖を覚え、体が震えていた。


「それじゃあ、いただきま――」


「ふんっ!!」


 昇龍は右膝で人体模型の股間に攻撃した。


「あふ〜ん!! あああああああっ!! いてててててててっ!! ちょ、ちょっとあんた、乙女の大事な部分に何しちゃってくれてるわけ!! 信じらんなあああい!! あたたたたっ……これ、絶対潰れたわ……」


 激しく後ろに飛び跳ね、何もついていない股間を両手で押さながら渡り廊下を走り回る。実際に痛みがあるのかは定かではない。顔はもちろん無表情。昇龍はその隙に起き上がり、笑うはずもなく馬鹿らしいと思いながらその光景を眺めている。


「ざまあないね。そのまま一生押さえてろ」


「ふっ! あんた甘いのよ! あたしが手が使えないからって勝った気でいるでしょ! 手が使えずとも、脚が使えるのよ! うおおおおおおお!!」


「くそっ……」


 雄叫びを上げながら股間を両手で押さえて走り出した。手が使えないため、走る速度は下がったが、それは本当に微々たるもの。再び二人の距離が近づき、人体模型は回し蹴りを繰り出す。

 昇龍はその攻撃を一歩下り避けるが、止むことはない。


「ふんっ!! ぬんっ!! おらっ!!」


 何度も続く攻撃に埒が明るないと思い、拳を握りしめた。ただ、隙が見えず攻撃を仕掛けることが出来ない。人体模型なのに、走る姿はランナー。振りかざす攻撃は格闘家のようだった。


「いえあ!! おういえあ!! ういいああ!! ――あっ……!!」


 その時、一瞬だけ隙が見えた。人体模型の股間の痛みが波のように一瞬激しくなる。

 昇龍はその隙を見逃さなかった。


「はあっ!!」


 拳を突き出し、相手の心臓目掛けて攻撃。さっきの昇龍の蹴りは骨当たっていたが、ノーダメージ。それに気がつき、今度は臓器に攻撃を仕掛けた。それが通るとは限らないが、生身の人間のように動いている。普通の人間なら、心臓に大きなダメージが入れば致命傷になる。

 だからこそ、心臓に突きを入れた。


 だがしかし――


「あっぶないわねえ〜……」


「ひいっ……!?」


 人体模型は右手で昇龍の拳を受け止めた。さっきのは本当に隙。隙があるということは相手が避けること。

 手が使えなければ、ガードすることもできない。しかし、手が使えた。回避はできなくとも、手が使えたため、拳をガードできた。余談だが、左手はまだ股間にある。少し痛みが引いたということか。


「あたしの股間だけじゃなくて心臓まで狙おうとするなんて……最近の子は本当に物騒……ねっ!!」


 受け止めた拳と一緒に体を振るわせる。人体模型は何度も言うが真顔。しかし、今回はどこか表情があるかのように見えた。

 さらに拳を掴んだまま、右足を回し蹴りに使う。


「あああっ……!!」


 高く上げられた蹴りは昇龍の腰にダイレクトに当たり、渡り廊下の壁に穴が開くほどにまでぶつかる。

 蹴りと壁の痛みを同時にくらい、昇龍は動けずにいた。


「全くもうっ……!! でもこれで、あなたの体を奪うことができる……!!」


「ぐっ……!!」


 人体模型は顎に右手を置き、右肘を左手に置くOLのようなポーズをしてからそっぽを向く。そのあとは腰を低くして、顔を至近距離で近づけ、舐め回すように眺める。

 すると、遠くの渡り廊下から微かだけど人が歩く音がした。人体模型はある意味では完璧な人間。剥き出しとはいえ、傷ひとつない臓器や丈夫な骨。汚れなき肌。だからこそ、耳もいいし目もいい。


「ん? 何かしら?」


 人影だ。体を起こし、それをまじまじと見つめる。それは、二階の西側渡り廊下。こことは反対側で、下にある。その人影はゆっくりと震えつつ周りを警戒し、南館へと移動しようとしていた。


「あら……やっぱりあの子にするわ……今そっち行くから待ってて〜ん!!」


 人体模型は左手で股間を押さえながらスキップをして渡り廊下から南館に入っていき、その場から姿を消した。昇龍はよくわからないが、助かったと安心した。


「なんなんだよ、まじ……」


(しかし、なぜあーしを逃した? 目の前に獲物がいるのにそれ以上のものが見えたというのか?)


 昇龍からその人影は死角。人影とは反対の方向で壁にもたれかかっていた。


「いっ……!!」


 無理やり立ち上がろうとするが、体が思うように動かず、再び壁にもたれかかる。人体模型の攻撃はかなりのものだった。動けないことを確信し、回復するまでその場でじっとすることにした。

東條隆 北館ニ階 西階段

昇龍妃 四階 東渡り廊下

▲赤城 北館四階 廊下

▲加賀 北館四階 廊下


紫可憐 不明

天空城空 不明


七不思議怪異一つ解決(残り六つ)

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