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アイスドラゴンの巣を通ります

 修行を終えた翌朝。


 けっきょく一睡もできないまま、俺はベッドから起き上がった。


 ノワールさんを起こしてしまわないように部屋を出ると、美味しそうな匂いが漂ってくる。


 ティコさんが朝食を作っているのだ。


「おはようございます」


「うん、おはよう。けっきょく、昨日は眠れたのかい?」


「いえ、一睡もできませんでした」


「だろうね。顔にそう書いてあるよ。まったく、きみの体力は異常だね。丸1週間、不眠不休で歩いたんだ。普通ならその場で倒れてもおかしくないよ」


 昨日聞かされたけど、俺は世界最長の洞窟に1週間身を置いていたらしい。


 家の改修作業をあわせると、ティコさんの修行は約3週間で終わった計算になる。


 そう。たったの3週間でカマイタチを使いこなせるようになったのだ。


 この調子なら、モーリスじいちゃんの誕生日には新たな風魔法を使えるようになってるかもしれないな。


 それを誕生日プレゼントにするわけじゃないけど、きっと喜んでくれるはずだ。次の修行も頑張らないとな!


「ノワールちゃんは、まだ寝てるのかい?」


「はい。ぐっすりです」


「そうかい。きみが戻ってきて、安心したんだろうね」


 ノワールさんは俺が留守にしている間、ほとんど眠らなかったらしい。窓に顔をくっつけて、俺が帰ってくるのをいまかいまかと待っていたのだとか。


 本当に俺のことを心配してくれてたんだろうな。朝食を食べたらすぐに出発するつもりだったけど、もうちょっと寝かせてあげたほうがよさそうだ。


「座ったらどうだい?」


 ティコさんに促され、俺は背もたれの吹き飛んだ椅子に腰かけた。


「さて。きみは見事私の修行を乗り越えたわけだけど、次の目的地は決まっているのかい?」


「はい。次はライン王国の最東端にある森に行く予定です」


「ふむ。最東端の森というと……ひょっとしてグラーフの森かな?」


「知ってるんですか?」


 ティコさんはうなずいた。


「グラーフの森は、引っ越し先の候補のひとつだったのさ。いくつかの森を見て、この森に住もうと決めたんだよ」


「そうだったんですか。じゃあ、グラーフの森はここ以上に秘境ってことですか?」


 引っ越し先から外れたってことは、住むには適さない場所だったってことだろう。


「どちらかというと、この森のほうが秘境だよ。ただ、グラーフの森には先住民がいたのさ」


「……先住民ですか」


 どんなに小さな集落でも、ひとが住んでいる以上は魔物除けの結界が張られている。


 だけど、この森には結界が張られていない。なぜなら『魔の森』がそうだったように、この森があまりにも秘境すぎるからだ。


 てことは、この森と同じくらい秘境らしいグラーフの森にも、結界は張られていないはずだ。


 魔物がうろつく森に住んでるってことは、その『先住民』は強者に違いない。


 もしかすると、そのひとこそが俺の次なる師匠かもしれないのだ!


「その先住民って、どんなひとでした?」


「私と同い年くらいの女だよ。確か、名前はミロとかいったかな?」


 ミロさん……若い女性か。その歳で強者ってことは、死に物狂いかつ特殊な修行をしたはずだ。


 その修行方法を教えてもらえれば、俺はさらに強くなれるのだ!


「ティコさんは、ミロさんと戦ったりしたんですか?」


「戦わなかったよ。敵意がないどころか、友好的だったからね」


 友好的なひとかー。とりあえずは一安心だな。


 ティコさんのときはシャルムさんの口添えがあったからよかったけど、次はそれがないもんな。


 だけどミロさんが友好的なひとなら、失礼がないように振る舞えば門前払いはされないはずだ。


「ただ、彼女は私の苦手な性格でね。だからグラーフの森に住むのを諦めたのさ」


 ティコさんは干渉されるのが苦手だ。


 きっとミロさんは、フェルミナさんとかエファみたいな積極的に話しかけてくるひとなのだろう。


「ところで、グラーフの森へはどうやって行くんだい?」


「1日でも早く弟子入りしたいですし、最短ルートを使いますよ」


「じゃあ、この先にある山を越えるってことだね」


「そうなりますね」


 地図によると、この森は『コ』の字型の山に囲まれているのだ。東へ向かうには大きく迂回するか、山を越えなきゃならないのである。


「だったら、厚着をしたほうがいいよ。山を越えるには『氷の洞窟』を抜けなきゃならないからね」


 氷の洞窟か……。


 本でちょろっとだけ読んだことがあるけど、詳しいことはわからない。


 ただ、もの凄く寒い場所なんだってことはわかる。


 俺は暑さ寒さに疎い体質だけど、ノワールさんはそうじゃないし……寒さによっては、べつのルートを通ったほうがいいかもな。


「そこって年中寒いんでしたっけ?」


「よく知っているね。その通りだよ。その昔、氷の洞窟にはアイスドラゴンが棲息していてね。いまはもういないけど、その影響はいまだに残っているのさ」


 アイスドラゴンは極寒の地に棲息する魔物だ。


 縄張り意識が強すぎるため、それなりに成長したら親元を追い出されるらしい。


 そうして独り立ちしたあと、凍てつく息で巣作りをするのだと本に書いてあった。


 つまり、アイスドラゴンによって普通の洞窟は氷の洞窟に姿を変えてしまったのだ。


「氷の洞窟と世界最北端って、どっちが寒いかわかりますか?」


「世界最北端に行ったことはないからわからないけど、氷の洞窟は氷点下5℃くらいだよ」


 それくらいなら厚着をすればなんとかなるな。


 ノワールさんも、遺跡巡りを通して強くなったはずだしさ。


「氷の洞窟を通るなら、暖かい服をあげるよ。ノワールちゃんには大きいだろうけどね」


「ノワールさんの服はありますし、気持ちだけ受け取っておきますよ」


 ノワールさんは俺がプレゼントしたもこもこの服をすべて持ってきているのだ。


 ぶかぶかだし、歩いたら裾を踏んづけて転んでしまうかもしれないけど、俺がおんぶするので問題はない。


「きみはどうするんだい? 女の服を着るのは嫌かい?」


「女物の服を着るのは慣れてますし、抵抗はありませんよ」


 俺は一時期お姫さまみたいな格好をしていたのだ。


「きみは本当にいろんな体験をしたんだね」


「はい。ただ、俺は寒さを感じない体質なので、服は必要ないんです」


「きみは頑丈だね。とにかく、きみたちの旅の無事を祈っているよ」


「はいっ! 俺、必ず大魔法使いになってみせます!」


 俺が誓うとティコさんはにっこり笑い、ノワールさんが目を擦りながら起きてきた。



 俺たちがティコさんの家をあとにしたのは、それから3時間後のことだった。




4章前半終了です。

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