黒き時代の幕開けです
森に潜むゴブリンの群れを討伐せよ。
それはライン王国魔法騎士団・西方討伐部隊にしてみれば楽な任務のはずだった。
実際、ひとりの怪我人も出すことなく任務は終わった。
あとは帰還するだけだったのだ。
だが、森を抜けようとしたところで予期せぬ事態が起こった。
ふいに時空の歪み(アビスゲート)が発生したのだ。
とはいえ彼女――騎士団長のクロエは歴戦の魔法使いだ。
こうした事態にも何度か立ち会ったことがあるし、落ち着いて対処すれば問題はない。
そんな自信は、次の瞬間にかき消された。
時空の歪みから飛び出してきたのは、魔王《闇の帝王》と並び称される伝説級の魔物――
暗黒騎士だったのだ!
その禍々しい姿を目にした瞬間、クロエは死を覚悟した。
暗黒騎士については資料で読んだことがあったのだ。
――邪悪を体現したかのような暗黒の鎧はあらゆる攻撃を無に帰し。
――禍々しい形状の黒剣は、その一振りで山を切り裂くと怖れられ。
――騎士を乗せた黒馬は、一晩にして世界を駆けると謳われている。
そんな伝説の魔物が最後に確認されたのは、遡ること100年前。その際は討ち取るのに100人以上の犠牲者が出たと資料に残されている。
しかも戦死したひとりひとりがクロエと同等か、それ以上の強者だったのだ。
目の前の暗黒騎士は100年前のそれとはべつの個体だが――だとしても、たった12人の騎士団では戦力として乏しすぎる。
だからこそ、クロエは死を覚悟したのだ。
「い、いったいどうすればいいのよ!?」
団長は平静を欠いてはならない。でないと部下を不安がらせることになる。
だが、この状況では無意味なことだ。
なぜなら部下は、ひとり残らず地に伏しているのだから。
暗黒騎士の姿を見た瞬間に全力の魔法を放ち、気を失ってしまったのだ。
『なにをしておる、ニンゲンよ。怯えてないで、もっと我を愉しませるのだ。遠慮はいらぬ。全身全霊でかかってくるがよい』
漆黒の仮面――その奥から地鳴りの如き声が響く。
高い知能を持つ魔物は人語を操るのだ。《闇の帝王》亡きいま、暗黒騎士こそが魔王のあとを継ぐ魔物と言って過言ではないだろう。
暗黒騎士の知力と武力は、魔王と比べても遜色ないのである。
「き、貴様みたいな魔物なんか怖くないわ!」
クロエは震える手でルーンを刻み、特大の氷槍を放った。
師匠にして上司でもあった先代の団長が唯一褒めてくれた、クロエのとっておきだ。
パキィィィィン!!
だが、氷槍は騎士の鎧に触れた瞬間、粉々に砕けてしまった。
闇夜に舞う氷塵に、クロエは絶望する。
『つまらぬ。なんとつまらぬ幕切れなのだ。100年の時がありながら、成長どころか退化するとは。おおかた仮初めの平和を謳歌し、修練を欠いたのであろう』
まるで過去に人間と戦ったことがあるような口ぶりに、クロエの脳裏に最悪のシナリオが思い浮かぶ。
「ま、まさか100年前の暗黒騎士は貴様だったの!? で、でも討伐したと資料に記されていたわ!」
『愚かな! この我が――《黒き帝王》がニンゲン風情に敗れるわけがなかろう! 我が愛馬は異空間を駆け巡ることができるのだ!』
「異空間を駆け巡るですって!?」
つまり暗黒騎士こと《黒き帝王》は自分の意志で時空の歪みを生み出すことができるのだ。
100年前の人々は、《黒き帝王》が跡形もなく消し飛んだと思いこんでいただけなのである!
『もう少し楽しませてくれるかと思ったが、これでは暇つぶしにもならぬ! 前回は成長の機をくれてやったが、弱体化するようでは話にならぬわ! しょせんはニンゲン、我らに組みする資質など端から持ち得ぬのだ!』
と、《黒き帝王》が抜剣した。
『我が黒剣で、貴様諸共この地を消し飛ばしてくれるわ!』
「そ、そんなこと……させないわ!」
『笑止! 貴様の力は知れておる! 否、貴様だけではない! ニンゲンがいかに弱い種族かは、貴様を見れば察しがつく! 弱き種族に生きる価値なし! 我が舞い戻った以上、ニンゲンは滅亡する運命にあるのだ!』
「そ、そうはいかないわ! たとえここで私を殺しても、貴様は彼に――アッシュ様に倒されるもの!」
『くだらぬ! なんとくだらぬ妄言なのだ! 我が鎧を貫けるニンゲンなど存在せぬ! 我が剣で滅ぼせぬニンゲンなど存在せぬ! 我が愛馬に追いつけるニンゲンなど存在せぬ! ゆえに、我がニンゲン風情に負ける道理は存在せぬのだ!』
と、《黒き帝王》が黒剣を天にかざした。
『我は世界最強の騎士――《黒き帝王》なり! 我が降臨した以上、あらゆる生命は死滅する運命にあるのだ! さあ、骸すら残さぬ我が一撃で貴様らニンゲンの歴史を暗黒に染めてやろう!』
「そ、そんなこと……」
クロエはどうにかして阻止しようとする。
だが、腰が抜けて立つことすらままならない。
たとえ自由に動けても、クロエにはどうすることもできない。
それほどまでにクロエと――否、人類と《黒き帝王》とのあいだには力の差があるのだ。
クロエはあらためて死を覚悟した。
そして――
『さあ、黒き時代の幕開けだ!!』
スパァァァァァァァン!!!!!!!!
暗黒騎士が真っ二つになった。
それと同時に、八つの目を持つ黒馬の首も吹き飛んだ。
鋭い切れ口から、真っ黒な血が噴出する。
予期せぬ事態に、クロエはほうけてしまう。
血の雨であたりは真っ黒に染まっているし……これが《黒き帝王》の言う『黒き時代』なのだろうか?
などと解釈しつつあった、そのときだ。
「あのー……もしかしてなんですけど、こっちにカマイタチ飛んできませんでした?」
男の子が、申し訳なさそうに歩み寄ってきたのだ。
次話もなるべく早く投稿できるよう頑張ります。




