ずっと会いたかったです
穴埋めエピソード、最後はノワールさんの話です。
アッシュがいなくなって10ヶ月が過ぎた。
いつもは日が暮れるまで遺跡に引きこもり、アッシュの帰りを待ち続けているノワールだったが、この日は違った。
エファとフェルミナが卒業旅行と称して遊びに来てくれたのだ。
そうして食事会を開くことが決まり、フィリップにお金をもらった3人は、食料を求めて最寄りの町へ向かったのである。
「おじちゃん、お肉ちょうだい!」
フェルミナの声が肉屋に響き渡った。
彼女の要望で、昼食はバーベキューに決まったのだ。
「おっ、嬢ちゃん元気だねぇ」
フェルミナの明るい声に、恰幅の良い店主が笑顔を向けてきた。
「美味しそうなお肉がずらっと並んでるんだもん! 見てるだけで力が漲ってくるよ! この店は、あたしにとって宝石店なんだよ!」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ! 嬢ちゃんたち美人だからまけとくよっ!」
「ほんとに!? ありがとおじちゃん!」
フェルミナは満面の笑みを浮かべ、ショーケースに並べられた肉を指さし注文していく。
「ノワールさんは食べたい肉とかないっすか? たくさんお金もらっちゃったっすからね。なんでも買えちゃうっすよ!」
「ふたりに任せるわ。いまの私に好き嫌いはないもの」
「うんうん。好き嫌いがないのはいいことだよっ!」
「好き嫌いすると成長できないっすからね!」
「ノワちゃんが良い証拠だね! 最初見たとき、ノワちゃんのお姉ちゃんかと思ったよ!」
「好き嫌いをなくしたらこんなに成長できるんだって、妹たちに実例として紹介したいくらいっす!」
ふたりの賑々しいやり取りを聞いていると、魔法学院での楽しかった日々を思い出す。
となりにエファとフェルミナがいて、小屋にはモーリスたちがいる。
みんなノワールのことを大事に想ってくれているし、だからノワールはみんなのことが大好きだった。
(でも、アッシュがいないわ)
いつもそばにいてくれたアッシュがこの場にいない。
いつ戻ってくるのかわからない。
ひょっとすると、二度と会えないかもしれない。
そう考えただけで、気分が落ちこんでしまうのだった。
「あっ、このタレに漬けこまれた肉も美味しそうじゃないっすか?」
「だねっ! もうタレの匂いだけで美味しさが伝わってくるよ! 焼いた瞬間に甘辛い香りが何倍にも膨れあがりそうだよ!」
「もしかしたら匂いにつられて師匠が戻ってくるかもしれないっすね!」
その一言に、いつの間にかうつむいていたノワールは顔を上げた。
アッシュが戻ってくる?
アッシュに会える!?
アッシュと再会できる!!
(肉を焼いて、アッシュを呼び戻すわ)
あっという間に願望は確信へと変わり、バーベキューは召喚の儀式に変化した。
美味しい供物を捧げれば、アッシュは戻ってくるのだ!
そう考えると、いても立ってもいられなかった。
「早く焼きたいわ」
「おおっ、急にやる気になったっすね! わたしもお腹空いてきたっす!」
「あたしもだよ! 早く帰ろう! そして焼こう! 今日は一日中焼き肉パーティだよ!」
そうして大量の肉を購入したノワールたちは、うきうきとした足取りで帰路についたのだった。
◆
「お、おかえりなさい。早かったわね」
「たくさん買ったみたいだね」
「もう準備はできておるからのぅ! あとは焼くだけじゃよ!」
小屋に戻ると、モーリスたちが出迎えてくれた。
すでに準備万端らしく、バーベキューセットの周りには椅子代わりの丸太が置かれている。
「まずはタレ漬けの肉を食べたいっすね!」
「いいね! 大賛成だよ! じゃんじゃん焼いてじゃんじゃん食べよっ!」
「や、焼くのはわたしに任せて、あなたたちは食べるのに専念するといいわ」
「いいんですか!? ありがとうございます! お言葉に甘えます!」
「い、いいのよ、気にしなくて。若いんだから、たくさん食べなきゃね。……それで、まずはこのお肉だったわよね?」
「はいそれです! ……ふわぁっ、すっごい美味しそうな匂いがするよぉ!」
「めちゃくちゃお腹が空いてきたっす!」
タレ漬けの肉が炙られ、甘辛い匂いが立ち上った瞬間、ノワールはランプを手にして立ち上がった。
「む? どこへ行くのじゃ?」
「アッシュに会いに行くわ。お腹を空かせているはずだもの」
それだけ告げて、ノワールは遺跡へ駆けだした。
長すぎる階段を駆け下り。
薄暗い通路を駆け抜け。
広々とした空洞に駆けこみ――
そして、ノワールは目を見開いた。
(アッシュがいるわ!)
夢にまで見たアッシュが、半裸の状態で佇んでいたのだ!
「……ノワールさん?」
(アッシュがしゃべったわ! ……なんだか疲れてるみたいだわ)
服はぼろぼろになっているが、怪我は見当たらないし、そもそもアッシュが怪我をするわけがない。
となると、きっと精神的につらい戦いだったのだろう。
その証拠に、アッシュはツッコミ疲れたような顔をしていた。
(なんとかして、アッシュを癒してあげたいわ)
そして、いつもの明るい顔を見せてほしい。
そう考えたノワールは、面白いことを言ってアッシュを笑わせてあげることにしたのであった。
「ノワールは、私のご先祖様だわ」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
穴埋めエピソードは以上で終了となります!
なるべく早く番外編に移れるよう頑張りますので、もうしばらくお待ちいただければ幸いです!




