氷の帝王です
世界の存亡をかけた戦いから3週間が過ぎた。
今日は終業日であると同時に昇級試験の結果発表当日だ。
先ほど終業式を終えて教室に戻ってきた俺たちは、そわそわしながら結果発表を待っていた。
「さあ、いよいよみなさんお待ちかねの結果発表よ! 出席番号順に書類を取りに来なさいっ! まずはアッシュくん!」
エリーナ先生から書類を受け取った俺は、席について二つ折りの書類を開く。
「どうだったっすか?」
興味津々といった様子でたずねてくるエファに、俺は笑みを向けた。
「3年A組――上級クラスだっ」
「さすが師匠っすね! わたしも早く結果が知りたいっす!」
「だったら早く取りに来なさい。あなたの番よ、エファさん」
話している間にエファの順番がまわってきていたようだ。
エファは慌てて書類を受け取り、駆け足で戻ってきた。
書類を開き、ぱあっと顔を輝かせる。
「師匠と同じクラスになれたっす! これで安心して帰省できるっすよ!」
「おおっ、おめでとう! 今回はのんびりできるな!」
始業日まで2週間以上あるし、前回みたいに慌ただしい帰省にはならないだろう。
「あたしも上級クラスを維持できたよっ!」
フェルミナさんが嬉しそうに書類を見せてきた。
筆記試験は98点で、実技試験はA判定だった。
「1問間違えちゃったのが残念だよ。アッシュくんは何点だった?」
「100点だったよ」
「さすがはあたしのライバルだね! だけど次は負けないよっ! 必ずアッシュくんに追いついてみせるんだから!」
フェルミナさんの宣戦布告に、俺は笑って応えた。
フェルミナさんなら、今度こそ満点を取るだろう。
さて。
筆記試験といえば、気になるのはノワールさんだけど……。
俺はエリーナ先生から書類を受け取ったノワールさんをじっと見つめる。
ノワールさんはその場で書類を確認すると、小走りに駆け寄ってきた。
「貴方のおかげよ」
ノワールさんは嬉しそうに書類を見せてきた。
筆記試験は32点、実技試験はA判定で、3年A組――上級クラスだ!
「目標達成だなっ。おめでとうノワールさん!」
「これはもうパーティをするしかないっすね!」
エファの提案に、フェルミナさんがうんうんうなずく。
「いいねっ! みんなでお祝いしようよっ! 明日とかどうかな!?」
「大賛成っす! こういうのは早ければ早いほどいいっすからね!」
「だよねだよねっ! アッシュくんとノワちゃんも参加するよねっ!?」
「もちろん参加するよ」
「アッシュが行くなら私も行くわ」
「決まりだねっ! パーティ会場はあたしの部屋でいいかなっ!?」
フェルミナさんの部屋ってことは、女子寮だよな。
3歳だったときならまだしも、いまの俺は16歳……ではなく、先日誕生日を迎えて17歳だ。
女子寮に入ると、ほかの女子に嫌がられそうな気がする。
「俺、女子寮に入ってもいいのかな?」
「顔パスだよっ」
「師匠は魔王を倒した英雄っすからね! 嫌がられるどころか、大歓迎されるっす!」
「だよねっ! あたしも強くなって、騎士団に入って、そして――アッシュくんみたいに銅像が建つくらい活躍してみせるよっ!」
フェルミナさんは窓の外を指さして宣言した。
街中には、俺をモデルにした大きな銅像が建っていた。
――『魔王を倒した功績を称えて、アッシュさんの銅像を建てることになりましたわっ』
アイちゃんからそんな報告を受けたのが15日前のこと。
その後、一流の魔法使いたちの手によって、あっという間に俺の銅像ができあがったのである。
アイちゃんから銅像のことを聞かされたときは、素直に嬉しかった。
けど、いまは恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。
なにせ銅像は、女の子のパンツしか身につけていないのだから。
魔王を倒した瞬間を再現したらしいけど、できれば普段の俺を再現してほしかった。
ほんと、あんな銅像ができるなんて予想外だ。
だけど、それ以上に予想外のことがある。
「あーあ……。僕、中級クラスになっちゃったよ」
「俺もだ……。次の昇級試験で挽回できるように、アニマルパンツ買おうぜ!」
「私もアニマルパンツ買わなきゃだよ~」
「あたしも買おうかな」
クラスメイトが、パンツの話題で盛り上がっている。
魔王との戦闘時に俺が穿いていたアニマルプリントのパンツは、『穿けば強くなる!』という触れこみにより、女児パンツでありながら老若男女に愛されているのだ。
先日街を歩いていたときパンツ業者に感謝され、一生分のパンツをプレゼントしたいと言われたけど、丁重にお断りした。
正直言うと、アニマルプリントのパンツは二度と見たくないと思っている。
まあ、あの銅像がある限り嫌でも目にすることになるんだけどね……。
「はーい、みなさん静かに~!」
エリーナ先生がパンパンと手を鳴らした。
「みんな早く休暇に入りたいだろうから、手短にホームルームを済ませるわ! 今日から長期休暇に入るけど、はめを外しすぎないように気をつけるのよ! 以上、解散!」
あっという間にホームルームが終わり、教室は再び賑々しさに包まれる。
「アッシュくんは休みの予定とか決めてる? もしよかったら帰省につきあってほしいなっ。お父さんもアッシュくんに会いたがってたし……どうかな?」
魔王について秘密にする必要がなくなったため、《土の帝王》との戦いについてフェルミナさんに話したのだろう。
フェルミナさんのお父さんは騎士団に所属しているし、ためになる話が聞けそうだ。
「あんまり長居はできないけど、それでもよければ行くよ」
俺は休暇を利用して、遺跡に行く予定なのだ。
キュールさんの話によると、遺跡には魔法に関する石碑があるらしい。
そのなかに魔力獲得の手がかりが隠されているかもしれないのだ。
……そう。
コロンさんの退化薬をもってしても、俺に魔力は宿らなかったのだ。
胴上げが終わり、鏡でおしりを確認したときは本当にショックだった。
だけど、俺にはまだ遺跡という希望が残っている。
諦めるのは、まだ早いのである!
「来てくれるだけでも嬉しいよっ! エファちゃんとノワちゃんにも来てほしいなっ」
「わたしも長居はできないっすけど、それでもよければぜひ遊びに行きたいっす!」
「……アッシュが行くなら私も行くわ」
「決まりだねっ! いやぁ、楽しい休暇になりそうだよっ!」
うきうきとした口調で語るフェルミナさんに、俺は心の底から同意する。
なんとしてでも遺跡で魔力獲得の手がかりを手に入れ、魔法使いとして新学期に臨むのだ!
そう考えると、わくわくが止まらない。
「アッシュさん、ちょっとお伝えしたいことがあるのですが……」
俺がどこの遺跡に行こうか考えていると、アイちゃんが廊下から手招きしてきた。
俺は楽しげに会話をしているフェルミナさんたちを教室に残し、廊下に出る。
「どうしたんですか?」
「先ほど、刑務所のほうから連絡があったのですわ。リングラントという方が正気に戻ったのだとか」
リングラントさんには、ノワールさんの前世の記憶を消した疑惑がかかっている。
その理由を確かめるため、話してみたいと思っていたのだ。
ノワールさんもつれていったほうがいいかもしれないけど……エファたちと楽しそうに話しているし、それにノワールさんはリングラントさんの顔なんて見たくもないだろう。
……俺ひとりで行ってみるか。
「ありがとうございます。さっそく行ってみます」
アイちゃんに別れを告げた俺は、屋上に出た。
ここから刑務所までは30㎞も離れていないし、バッタみたいに数回跳べば到着できる。
俺は屋上を破壊しないように力を抑え、刑務所方面へとジャンプするのだった。
◆
刑務所に着いた俺は、面会室に通された。
透明な壁の向こうに、リングラントさんが座っている。
「私になんの用だ?」
リングラントさんがむすっとした顔でたずねてきた。
世界最強の魔法使いことゴーレムを破壊され、怒っているのだ。
こんな心境で、俺の質問に答えてくれるだろうか……。
「単刀直入に聞きますけど……ノワールさんの前世の記憶を消しましたか?」
俺の質問に、リングラントさんは悪びれることなくうなずいた。
「確かに、私はノワールの記憶を消した。あいつの記憶力が悪いのは、その後遺症だ」
「そうなんですか!?」
勉強を教えていたとき、なかなか覚えてくれないなーと思っていたけど、まさかリングラントさんのせいだったとは。
……これ、ノワールさんに教えたら、ますますリングラントさんを恨むだろうな。
できればノワールさんには楽しい学生生活を送ってほしいし、恨みとか憎しみとか、そういう感情は持ってほしくない。
やっぱりノワールさんをつれてこなくて正解だったな。
「それで、どうして記憶を消したんですか?」
「知りたければ私の条件を呑むことだな」
「条件?」
リングラントさんはうなずき、ぐっと拳を握りしめた。
「私は刑期を終えたら再びゴーレムを作るのだ! そのとき、貴様には実験台になってほしい。貴様を倒すことができれば、私は間違いなく世界最強の魔法使いを生み出したことになるのだからな!」
人体実験は禁じられているけど、ゴーレムを作ることは禁じられていなかったはずだ。
俺としても強い相手と戦いたいし、どちらにとってもメリットのある条件だ。
「ゴーレムに襲わせるのは俺ひとりにすると、約束してくれますか?」
「もちろんだ。ザコを倒したところで意味がないのでな」
「そういうことなら、その条件を受け入れます」
「よしっ、交渉成立だ! そうと決まれば長生きせねばな!」
リングラントさんは生き生きとした表情でそう言うと、まじめな顔をした。
「まず、ノワールは魔力がないせいで孤児になったと思いこんでいるが、本当は自分の意思で家を出たのだ」
実験台を探していたリングラントさんは、空腹で倒れていたノワールさんを研究所につれて帰り、改造手術を施すことにしたらしい。
そして手術は、ノワールさんの同意の上で行われたのだとか。
「本当にノワールさんが同意したんですか?」
「うむ。ノワールは私にこう言ったのだ」
――『このままでは魔王の封印が解けるのじゃ!』
――『わらわを世界最強の魔法使いにできるなら、いますぐ手術するのじゃ!』
――『あのクソ魔王め! わらわのプライドを粉々に砕きおって! 今度は封印ではなく葬ってやるのじゃ!』
「――とな。ただ、私がほしかったのは、私の命令に忠実な世界最強の魔法使いだったのでな」
だからノワールさんの記憶を消したのか。
ノワールさんの記憶を消した理由についてはわかったけど、新たな疑問が浮上した。
「その封印された魔王って、氷系統の魔王ですかね?」
闇、土、光、風、炎、水を司る魔王は俺が倒した。
あの6体は封印どころか長年やりたい放題してたっぽいし、だとすると封印されているのは残る1体――氷系統の魔王ということになる。
《炎の帝王》は『貴様のせいで魔王はわしらだけになってしまった』と言っていたけど、死んだと勘違いしていただけなのだ。
「ノワールが封印した魔王の正体は知らんが、そいつが氷系統の魔王――《氷の帝王》でないことだけは確かだ」
「どうしてそう言いきれるんですか?」
俺の問いに、リングラントさんははっきりとした口調でこう言った。
「ノワールの前世が、《氷の帝王》だからだ」
これにて第2章は完結です。
次話の投稿時期などについては、活動報告のほうをご確認いただければと思います。




