勇者の弟子は3人います
朝のホームルームにて。
「皆様はじめまして。私、アイナ・ヴァルミリオンと申します。本日からしばらくのあいだ学院長の代理を務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」
「「「「「!?」」」」」
エリーナ先生が連れてきた女性の自己紹介に、教室は騒然としていた。
アイナ・ヴァルミリオンはエルシュタット魔法騎士団の総長だ。
同時に、エルシュタット王国の王女様でもある。
さらに服装と声からして、明らかに『アイちゃん』だ。
そしてアイちゃんの手には、服屋の紙袋が握られていた。
俺の予想が正しければ、紙袋のなかには『あれ』が入っているはずだ。
……もしかすると俺は、とんでもないアドバイスをしてしまったのかもしれない。
「うわあっ、生アイナ様だ! 生アイナ様だよっ!!」
有名人の登場に、フェルミナさんは大はしゃぎだ。
将来的に騎士団に所属したいと思っているフェルミナさんにとって、アイちゃんは女神様みたいな存在なのだろう。
「うわあっ、こっちに近づいてきたよっ!? ねえ、どうしよう!?」
フェルミナさんが俺の肩を揺さぶりながら話しかけてくる。
それはこっちの台詞だよ!
俺もいま、どうしようかと思ってるところなんだ!
「うわあっ、アイナ様が目の前に来たよ!?」
目の前で立ち止まったアイちゃんに、フェルミナさんは立ち上がって頭を下げる。
「は、はじめまして! フェルミナ・ハーミッシュです! あのっ、父がお世話になってます!」
「ハーミッシュ……ああっ、北方討伐部隊の副団長さんですわねっ。あなたのお父様のことは、メルニアから聞かされてますわ。とても頼りになるのだと、褒めていましたわよ」
北方討伐部隊って、メルニアさんが率いてる部隊だよな。
てことは、こないだ土から引っこ抜いたひとのなかに、フェルミナさんのお父さんがいたってことか。
「メルニア様に評価していただけて光栄ですっ! あたしもメルニア様みたいに強くて勇ましい魔法使いになれるように頑張ります!」
お父さんを褒められて、フェルミナさんは嬉しそうに瞳を潤ませていた。
メルニアさんは、魔王を前にしているというのに俺を助けようとしてくれた。
ああいう『圧倒的な強敵に立ち向かう魔法使い』こそ、フェルミナさんの理想なのだろう。
などと考えていると、アイちゃんが俺に笑みを向けてきた。
「あなたがアッシュさんだったのですね。私が誰だかわかります?」
「アイちゃんですよね」
俺の発言に、教室がざわめいた。
「アイナ様のことをアイちゃんって……ふたりはどういう関係なの!?」
「それは秘密ですわ」
アイちゃんは唇に人差し指を当て、ウィンクする。
火に油だった。
アイちゃんの意味深な発言により、教室はますます騒然とする。
「さて、アッシュさん。私、あなたとふたりきりでお話がしたいのですわ。学院長室へ来ていただけると嬉しいですわ」
アイちゃんは真剣な顔で言った。
話ってのは、《土の帝王》に関することだろう。
「わかりました」
俺が席を立つと、フェルミナさんがぎゅっと手を握ってきた。
「どうしたんだ?」
「え、えっとね……お、お礼はするから、アイナ様のサインをもらってきてほしいの。……だめ、かな?」
フェルミナさんの耳打ちに、俺は「頼んでみるよ」と答えるのだった。
◆
「まずはお近づきのしるしにこれを」
学院長室に着くなり、アイちゃんは紙袋を差し出してきた。
「つまらないものですが……といえば失礼になりますわね。なにせあなたと一緒に選んだんですものっ。まさかあんなところで出会うなんて……なんだか運命的なものを感じますわっ」
アイちゃんは俺のために一生懸命になって服を選んでくれたのだ。
中身は幼女のパンツとかだけど……お姫様にここまでのことをされて、嬉しくないわけがない。
女装するのは恥ずかしいけど、これは精神的に成長するチャンスでもある。
羞恥心を克服することで精神的な成長を遂げ、魔力斑が浮かぶかもしれないのだ。
そう考えると、これは最高の贈り物ということになる。
「ありがとうございます。俺、毎日着ます!」
「まあっ、嬉しいですわっ」
アイちゃんは嬉しそうに頬を緩ませたあと、真剣な顔をした。
「さて、アッシュさん。まずは世界を代表してお礼を言わせていただきますわ。《土の帝王》を倒していただき、ありがとうございます」
「あ、頭を上げてくださいっ。俺、本当にたいしたことはしていませんから。ただ殴っただけですから」
「ですが、魔王を一撃で倒せるようになるまでに途方もない努力を積んだはずですわ。一国の姫としてアッシュさんの努力に敬意を払い、相応の報酬を与えないわけにはいきませんわ」
「報酬ならすでに受け取りましたよ」
俺は紙袋を掲げてみせた。
「そ、それはただの手土産ですわっ。あなたが望むなら、なんだって用意しますわっ。なにか欲しいものはありませんの?」
俺が一番欲しいものは『魔力』だ。
だけどそれは、たとえお姫様だとしても用意できるものではない。
「だったら、アイちゃんのサインが欲しいです」
「そ、そんなものでいいんですの?」
「はい。これはアイちゃんにしか用意できないものですから」
「……あなたは本当に欲がないのですね。わかりましたわ」
「ありがとうございます。『フェルミナさんへ』と書いてもらえると助かります」
「わかりましたわ。では、心をこめて書かせていただきますわ」
アイちゃんは自前のハンカチにサインを書き、俺に渡す。
そのあと、教室に戻った俺はフェルミナさんにサイン入りハンカチを渡した。
「ありがとうアッシュくんっ! 宝物にするよっ!」
フェルミナさんは泣いて喜び、俺に抱きついてきたのだった。
◆
「ひさしぶりだね、モーリス」
モーリスが『魔の森』にある自宅で夕飯を食べていると、突然目の前にフィリップが現れた。
「び、びっくりするじゃろ! 瞬間移動を使うなら事前に連絡せい!」
「ははは、すまないね」
フィリップはそう言って、食卓についた。
モーリスは愚痴をこぼしつつ、フィリップの食事を用意する。
それから席につき、真剣な眼差しをフィリップに向けた。
「で、なにしに来たのじゃ? 世間話をしに来た……という雰囲気ではなさそうじゃが」
「察しがいいね。ただ、具体的な話はコロンが来てからにするよ」
コロンは一流の薬師にして闇系統に秀でた魔法使いだが、瞬間移動は使えない。
アッシュのような例外を除き、普通に移動しようとすれば、ラムニャールから『魔の森』までは早くても1週間はかかるだろう。
「コロンが来るまで、ここに滞在するのか?」
「そのつもりさ」
「むさ苦しくなるのぅ」
「お互い様さ」
軽口を叩きあったあと、モーリスは本題に入る。
「勇者一行の創立メンバーを招集するということは、ついに《終末の日》が迫ってきたのじゃな?」
「きみは本当に察しがいいね。残念ながら、そのようだ。ただ、さっきも言ったけど、具体的な話はコロンが来てからにするよ。いまこの場で言えることはひとつだけさ」
フィリップは、じっとモーリスを見つめる。
「きみと、私と、コロン――。我々が手塩にかけて育てた3人の弟子を、集合させるときが来たのさ」
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