お忍びです
ぶかぶかな服装で授業に出るわけにはいかないため、俺は服屋にやってきた。
私服で授業を受けるのもどうかと思うけど、一応エリーナ先生の許可は取ってある。
「いらっしゃいませ~。今日はひとりでお買い物に来たのかな~?」
落ち着いた雰囲気の店内に入ると、女性店員がにこにこしながら声をかけてきた。
「はい。ひとりで来ました」
「偉いねぇ~」
「ありがとうございます。ところで、子ども服売り場ってどこにありますか?」
「あっちだよ~。ひとりで行けるかな~?」
「はい。行けます」
「偉いねぇ~」
店員さんに見送られ、俺は子ども服売り場のほうへ足を運ぶ。
「うぅ~ん……。種類がありすぎて、どれにするか迷いますわね……」
子ども服売り場には、真剣に服を選んでいる女性がいた。
品の良いドレスに身を包んでいて、目元は仮面で隠している。
これから仮面舞踏会にでも行くのかな?
気になるけど、じろじろ見るのは失礼だ。
俺は気にしないことにして、子ども服を見てまわる。
じぃ~。
仮面の女性が、じっと俺を見つめている。
「……あの、なにか?」
視線が気になるので話しかけると、こちらへ歩み寄ってきた。
「私は怪しい者ではありませんわ」
俺は蝶のような仮面を見つめる。
「ま、まあ仮面が気になる気持ちはわかりますわ。ただ、街中で素顔を晒すわけにはいきませんの。ご理解いただけると助かりますわ」
もしかして、有名人なのかな?
服屋にいることがばれるとファンが押し寄せ、店に迷惑がかかるかもしれない。
そんな理由で、顔を隠しているんだろう。
「とはいえ、名乗らないのは失礼でしょう。本名をお教えすることはできませんが……私のことは『アイちゃん』とでも呼んでくださいな」
アイちゃんはしゃがみこみ、俺の目をじっと見つめてくる。
「ところで、あなたは何歳ですの?」
「3歳です」
俺は外見年齢を告げた。
実年齢を言っても、信じてもらえないだろうしな。
「まあっ、ちょうどよかったですわっ! 私、3歳児に贈る服を探してるんですのっ。よかったらいろいろとアドバイスしてくださいな」
「俺でいいんですか?」
俺は3歳児デビューしたばかりだ。
ためになるアドバイスができるかどうかはわからない。
「あなたしか頼れるひとがいないのですわっ」
店員に聞いたほうがいいんじゃないかとも思ったけど、きっとアイちゃんは3歳児のリアルな意見が欲しいんだろう。
「わかりました。俺でよければ力になります」
アイちゃんは嬉しそうに顔を輝かせた。
「まあっ、頼もしいですわっ! では、ちょっと失礼しますわね」
アイちゃんは俺の服をまじまじと見つめる。
「ぶかぶか……丈長……スカート……ワンピース!」
なにか閃いたようにハッとして、子ども服を手に取った。
「い、いまはこういうのが流行ってるんですの?」
アイちゃんが自信なさげに見せてきたのは、まっしろなワンピースだった。
3歳児って、女の子だったのか。
「ワンピースはすごく人気ですからね。必ず喜んでもらえますよっ」
俺は自信を持って答えた。
女の子の服なら、エファの家でたくさん見たのだ。
五つ子ちゃんが着ていたものに似ているし、女の子なら大喜びだろう。
「本当ですのっ? 正直、これはどうかと思いましたけど、あなたがそうおっしゃるのでしたら買いますわっ! じゃあじゃあ、これなんてどうですのっ?」
ふんだんにフリルのあしらわれたドレス仕立てのワンピースを見せてくる。
まるでお姫様が着るような可愛い衣装だ。
「それならめちゃくちゃ喜ばれますよっ」
「本当ですのっ? だったらこれも買いますわ!」
「予算があるなら、このリボンも一緒に買うといいかもしれませんね」
「まあっ、いまはリボンも流行ってるんですのね」
いまはっていうか、3歳くらいの女の子はいつの時代もリボンをしてるイメージあるけど。
「じゃあリボンも買うとして……そうですわねぇ。たとえば、あなたはなにか欲しいものとかありますの?」
俺の欲しいものか……。
「服も欲しいですけど、靴も欲しいですし、あと下着も欲しいですね」
「なるほど。靴と下着は盲点でしたわっ。あぁでも、靴のサイズはよくわかりませんわね……」
「サイズが違うと、靴擦れしてしまうかもしれませんからね」
「でしたら、下着だけにしておきますわ。ええと……こういうのはどうですの?」
アイちゃんは俺にブリーフを見せてくる。
明らかに男物だ。
女の子にそれを穿かせるのはどうかと思う。
「それより、こっちのほうがいいですよ」
俺はおしりにアニマルプリントが施されたパンツを手に取った。
もちろん女の子用だ。
「それですの!?」
驚くアイちゃんに、俺はうなずいた。
「これは自信を持っておすすめします!」
「な、なるほど……。いまはこういうのが流行ってるんですのね。ではこれも買いますわっ」
「はい。ぜったいに喜んでもらえますよっ」
と、そんな調子で俺は女の子の服を選んでいき、アイちゃんはそのすべてを購入した。
「本当に助かりましたわっ! あなたがいなければ、見当違いな服ばかり買っていたところですわっ。これで喜んでもらえると嬉しいのですが……」
「だいじょうぶです。そのプレゼントには、アイちゃんの気持ちがこもってますからね。ぜったいに喜んでもらえますよっ」
俺の言葉に、アイちゃんは安心したように笑みを浮かべるのだった。
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