これは魔法ですか?
「ここっすよ、師匠!」
俺はエファに連れられて、町の外へやってきた。
地平線の向こうまで荒野が広がっている。
見渡す限りに建物はないし、動物の姿も見当たらない。
うん。ここならルーンをミスって危険な魔法を発動させてしまっても安心だな。
そうとわかれば、さっそく魔法を使ってみるか!
「どんな魔法を使うんすか?」
エファが興味深げに訊いてくる。
「まずは自分の得意系統を把握しておこうと思うんだ」
「師匠の得意系統は『風』っすよね?」
「自己紹介の場ではそう言ったけど、べつに得意ってわけじゃないよ。ていうか、そのときは俺に魔力が宿ってるかもしれない、なんて思ってなかったしさ」
けど、自分の得意系統を選べるなら、風であってほしいと思っている。
はじめて使った魔法(実際は物理だったけど)も風刀だったし、師匠に真実を聞かされるまで、俺は風系統が得意なんだと思っていた。
そのため俺は風系統に愛着があるのだ。
「とりあえず風の魔法を使ってみるよ」
そして風系統の代表格といえば、やっぱりあれだな。
前世でアニメにはまっていたときから、一度は使ってみたかった魔法でもある。
「万が一に備えて、ちょっと離れててくれ」
「りょーかいっす!」
エファが距離を取ったのを見届けてから、俺は魔法杖の先端を空に向けた。
緊張に震える手を制御しながら、精密かつ正確にルーンを描く。
そしてフェルミナさんが実技試験のときやっていたように、
「やあっ」
と、魔法杖を振り下ろした。
大地が真っ二つに裂けた。
「うぉぉぉおっ! すごいっ! すごいっすよ師匠!」
エファが賞賛しながら駆け寄ってくる。
「これ、風刀っすよね!? 地平線の向こうまで大地を切り裂くなんて、どんだけ魔力高いんすか! これなら最強の魔法使いを名乗っても誰も文句は言わないっすよ!!」
エファが尊敬するような眼差しで俺を見つめてくる。
やめろ! やめてくれ、エファ!
そんなキラキラした目で俺を見ないでくれ!
一瞬『地殻変動で大地が裂けたのかな?』と思ったけど、この亀裂は間違いなく俺のしわざだ。
俺が杖を振り下ろした瞬間に大地が真っ二つになったし、傍目にはカマイタチに見えてもおかしくはない。
だけど……だけど俺が使ったのは風刀じゃないんだ!
俺が使ったのは飛行魔法なんだよ!
同じ風系統だけど、風刀と飛行のルーンは似ても似つかない。
つまり、この地割れは風刀によるものではないということ。
すなわち、俺に魔力は宿っていないのだ。
風を操って空を飛ぶ予定だった俺は、ショックのあまり大地に膝をついた。
「ど、どうしたんすか、師匠? まさか……」
エファが、なにかを察したような顔をした。
俺は力なくうなずく。
「いまの……魔法じゃない。ただの……物理」
「いや、むしろそっちのほうがすごくないっすか?」
エファは真顔だった。
フォローじゃなくて、本気ですごいと思ってるんだろうな。
俺はよろよろと立ち上がる。
「違う、違うよエファ。すごいとか、すごくないとかじゃないんだ。大事なのは『結果』じゃなくて『手段』なんだ」
地平線の向こうまで大地を切り裂くほどの威力だろうと、それが物理攻撃じゃ意味がないんだ。
葉っぱを切り裂く程度でいいから、俺は魔法を使いたいんだ!
「どうやら魔法杖は俺にはまだ早かったみたいだな。返す……」
と、そこで俺は魔法杖が柄だけになっていることに気がついた。
「あ、あれ? 先端どこいった?」
もしかしたら振り下ろした衝撃で折れてしまったのかもしれない。
俺は足もとを確認するが、それらしきものは落ちてなかった。
「摩擦熱で燃え尽きたんじゃないっすか?」
「……俺、そんなすごいスピードで振り下ろしてたっけ?」
軽く振ったつもりだったんだけど……。
あと、唯一残っていた柄の部分も圧縮されて、つまようじみたいになっていた。
そんなに強く握った覚えはないんだけど……無意識に力をこめてしまったのかもしれないな。
「速すぎて手元が見えなかったっす! あんなの人間業じゃないっすよ! わたしも早く師匠みたいな武闘家になりたいっす!」
頼む! 頼むからやめてくれエファ!
武闘家って言葉は、いま一番聞きたくないんだ!
けど、そんな理由でエファを責めることはできない。
むしろ責められるのは俺のほうだ。
「ごめんな、エファ。せっかく魔法杖を譲ってくれたのに、燃やしちゃって……」
「気にしなくていいっすよ! すごいものを見せてもらったっすからね!」
そう言ってもらえると気が楽になる。
「ところで、地平線の向こうに町とかないよな?」
「ないっすよ」
「そうか。安心したよ」
町があったら大変だ。
魔力がなかったのはショックだけど、スタートラインに戻っただけだ。
また明日から魔力獲得に向けて努力しよう。
そう俺がポジティブに考えていると、
「あっ、でも、ここからまっすぐ行った先に建物があったような気がするっす」
「……マジで?」
「マジっす。だけど、たぶん廃墟っすよ。この向こうには結界が張られてないっすからね。いつ魔物に襲われるかわからないところに、誰かが住んでるとは思えないっす。魔王が生きていた時代の、騎士団の駐屯地とかじゃないっすかね」
俺の視力では20㎞先を見るのが限界だ。
そして20㎞向こうでも、荒野は裂けていた。
もしかすると家が真っ二つになってるかもしれないってことだよな……。
そして最悪の場合、家主が真っ二つに……。
「悪い、エファ。この亀裂がどこまで続いてるのか確認してくるよ」
「りょーかいっす。それが終わったら夕食っすね! 夕食はたくさんあるっすから、おなか一杯食べてほしいっす!」
笑って言うエファに、俺はぎこちない笑みで応えた。
次話もなるべく早くお届けできるよう頑張ります。




