第19話 絶対あの日に何かした!
「言っておくけど、この件にしたって、他の件にしたって、別に旦那様に遠慮しているという訳ではないのよ? この件は情報漏洩を防ぐためだし、ドレスや宝飾品の購入は、どうせ一年間は社交場に出ないもの。買ったって仕方がないじゃない」
「たしかに『元公爵様と奥様の不正が発覚し、王族より“爵位の降格と、一年間の王都での社交を禁ずる”という寛大な処分を受けた』という話はお聞きしましたが、別に王都でなければ社交はできるのでしょう? 王族の方々もゼリア様の不憫を思って、わざわざ『王都での』などという枕詞を付けたのでは?」
彼女の疑問に、私は小さく笑う。
十中八九、そうではあるのだろうと思う。
変なプライドがある叔父夫婦は、社交は王都で行うものだし、これまで散々「地方で社交場を開く者は王都に来る旅費とそこできるドレスの金も産出できない田舎者だ」と言っていた。
今更自身がそちら側になるくらいなら、一年間くらいどの社交にも参加しない選択をするだろう。
彼らにとっては『王都での』という枕詞がついていようと、いまいと、処分としては同義なのだ。
対して私は違う、と陛下は踏んだのだろう。
私にはそのような意味のないプライドはないだろうと。
社交はどこで行うかではなく、誰とどのように行うか、その成果をきちんと得る事ができるかなのだと、きちんと理解しているだろうと。
しかし、私は首を横に振る。
「それでも出ないわ。だって私だけ罰を受けていないみたいで、何だか気持ちが悪いもの。それに、そんな事で周りに揶揄されるのも甚だしく面倒臭い」
「ゼリア様が何か悪さをした訳ではないのに、ですか」
「それでもよ。事実がどうであれ、結果として私は叔父夫婦と共に裁かれた。その時点で私はキズもので、それは社交場ではかなりの汚点だわ。それに」
言いながら、私は目の前の光景に目を向ける。
庭園に面したこのテラスからは、庭で遊ぶ子どもたちの姿が見える。
無邪気なニーケと、彼に付き合うリドリト。
しかしリドリトもただのお守りではなく、十分楽しんでいるように見える。
とても平和で、微笑ましい光景だ。
そんな幼少期のない私にはほんの少しだけ眩しいけれど、この光景はとてもいい物だと思う。
「今は社交場より、こうして少しのんびりしながらこの光景を見ている方が有意義なんじゃないかと思うの」
私の言葉に、ミリアンが少し間を置いて微笑み交じりに「そうですか」と言葉を返した。
「私も、お二人の様子を眺めているゼリア様を眺めるのは、中々に有意義です」
「貴女、やっぱり私の事結構好きよね」
「はい、好きですがそれが何か」
§ § §
「ゼリアさん! 今日も来たよ!」
「そう。貴方も飽きないわね」
パタパタという軽い足音の後に現れた、最近何故か懐いた弟の方・ニーケに、素っ気なく答えながらも仕方がなく、座るだろう席の椅子を引いてやる。
別にわざわざしてあげた訳ではない。
ちょうど手の届く範囲だから、紅茶を淹れようと立つついでにやってあげただけである。
その席に、ニーケはポスンと腰を下ろした。
その時だ。
少し遠くから弟が走ってきた分、遅れてやってくる形になった兄が現れたのは。
「おい、お前! もしかして今日もまたニーケを、何か悪い方法で釣ったんじゃないだろうな?!」
「はいはい、とりあえず座りなさい。今日のお菓子はバナナケーキよ」
可愛らしい監視が付いて、もう二週間。
リドリトが私を見る度にまるで口癖のように、懐柔だの釣りだの言ってくるのが日常になってしまった今、「これも彼のコミュニケーションの仕方なのかもしれないわ。不器用な子ねぇ」なんて思いながら席を勧める事に、私も随分と慣れてしまった。
おそらくそれはリドリトも同じで、当初程の抵抗もなく、むしろ私が勧めなくても勝手に座っただろうと思えるくらいスムーズに、弟と共に私と同じテーブルにつく。
流石にこれだけ毎日一緒に過ごしていれば、わざわざ口にしなくとも、物の好き嫌い程度なら分かってくるというものだ。
リドリトもニーケも、甘い物が好き。
リドリトは、特にバナナケーキが好き。
何なら紅茶の好みは濃いめの物にミルクをたっぷり入れたもので、加える甘みは砂糖より蜂蜜派。
そんな諸々をいつも私に付いているミリアンも当然把握しているので、手早くケーキを取り分けた後、ミリアンは淹れた紅茶に蜂蜜を入れて出す。
彼はそれを無言で受け取り、たっぷりと紅茶に入れて、カップに口を付け――。
「って、違う! どうやってニーケを懐柔したんだって聞いてるんだよ!」
兄の心、弟知らず。
彼の隣でニーケがケーキの屑を口の横に付けたまま、幸せそうに「おいしー!」と笑った。
「懐柔って、いつもの如く、別に何もしていないわよ」
「そんな訳ないだろ! じゃないと、あの人見知りで怖がりで泣き虫なニーケが、ここまでお前に懐く理由がない!」
「そんな事を言われても……あ、美味しいわねこのケーキ」
「美味しい? 僕とお揃い?」
「そうね、お揃い。ねー」
「ねー!」
「だーかーら! 仲良くしてんじゃねえよ!」
二人の悪者になっている訳ではないのに、何故か怒られててしまった。
何故。
……あ、もしかして嫉妬でもしているとか?
ずっと自分にベッタリだった弟が、他の人に懐いて寂しいのかも。
「リドリト、貴方何歳だったっけ」
「は? ……十二歳だけど」
「あぁまぁじゃあ、仕方がないか」
「何がだよ!」
子どもじみた嫉妬を投げつけられても、仕方ないわ。
だってまだこの子は子どもだもの。
どうせいつもみたいに、言いたいだけだろうし……と思っていたのだけど、どうやら今日は少し様子が違った。
「やっぱりどう考えてもおかしい! 絶対あの日に、何かしたんだろ!」
「あの日?」
厭に食い下がってくる彼に、私も思わず聞き返す。
「俺がまだ勉強してた時に、ニーケが一人でお前のところに行ってた時!」
あの日からニーケの様子が変わったんだ。
そう言われ、少し考えて「あぁ」と思い出す。
「でも、別に変わった事は何もなかったわよ?」
「じゃあ全部説明してみろよ」
「まぁ、覚えている範囲の事なら別に」
なんせもう二週間も前の話だ。
朧気になっている部分もある。




