第14話 私の理由
「私、これでも一応公爵令嬢だったのよ。だから結婚相手だって、この国の第五王子だった。結構仲良くもやっていたんだけど、亡くなった両親の代わりに当主になった養父母の叔父夫婦が、不正を働いて王族の不興を買った。私の結婚はなしになって、爵位も子爵にまで下げられた。そして金遣いの荒い叔父夫婦に《《売られて》》、ここに来ることになった。だから、私の意志でここに来た訳ではない」
この子たちに、そんな事情まで話すべきか、悩まなかったかと言えば嘘になる。
それでも、まだ六歳のニーケはともかくとして、リドリトはこの話をきちんと理解する頭も判断力も、十分育っていると判断した。
今の話も少なからず、理解する事はできるだろう。
それに何よりも、突然できた継母について知る権利は、二人にだってもちろんある。
それを子ども扱いして話さないのは、彼らを軽んじているも同然だと思った。
結果的に、私のこの選択は間違ってはいなかった。
「お姉さんは、お母さまと一緒なんだね」
「え?」
「お母さまもよく、『売られた』って言ってたよ。ね、兄さま」
「あ、あぁ」
意外にも、先に理解の言葉を口にしたのはニーケの方だった。
兄と話しているのを見て、「会話をしても大丈夫な人」とでも思ったのか。
リドリトが驚いているところを見ると、この子は普段はあまり他人と喋るタイプではないのかもしれない。
「まぁ結局何が言いたいのかというと、私は別に旦那様の事が好きで嫁いできた訳ではないという事よ。何なら会った事すらないし」
「えっ」
「……いや、チラッとくらいならあった可能性もあるけど、少なくとも私は全然覚えていないし、あっちもそうなんじゃないかしら。それに私は、旦那様が持っている権力にもさして興味がない。当然、旦那様との間に子どもを設けて夫人としての立場を盤石にしたいとも思っていないから、本来なら自分の子を跡取りに置くためには邪魔になる貴方たちの事を邪魔にも思っていない」
「じゃあ、お前の目的は何なんだよ」
「目的……という程のものを、この場所に求めるつもりはないのよ。私は先日の婚約破棄の時に、つくづく思ったわ。自分の成したい事の勘定に、私以外という不確かなものを入れる事自体、間違っていたって。だから私は、私のやりたい事はすべて私自身の手で行うと決めたの。でも、そうね。『やりたい事ができる環境』というのは、喉から手が出るほど欲しい」
「まさかお前、この屋敷を」
「えぇ、この屋敷を――」
私は、明言する。
「何の憂いもストレスもなく、過ごせる場所にしたい!」
「……は?」
ポカーンと口を半開きにしたリドリトの隣で、ニーケが嬉しそうに「ニーケも楽しくしたい!」と声を弾ませる。
そんな彼に「そうね」と笑いかけ、改めてリドリトの目を見て言う。
「私はここが、過不足なく過ごせる場所でさえあればいい。貴方たちがその邪魔にならない限り、つまり、私に水をかけたり物を投げたり追い出そうとしたりしてこない限り、貴方たちを邪険にする事もない。毎日お茶を飲みに来たっていいし、逆にまったく顔を合わせなくたっていいの。貴方たちの言動は、貴方たちの自由だわ」
「おい。まだお前のやりたい事が何なのか、聞いてないぞ」
昼食を挟み自室で一人本を読んでいると、リドリトが私の部屋にやってきた。
後ろにはノイマンもついてきている。
子どもたちの部屋をあぶり出して以降彼とも何度か顔を合わせているが、警戒心が表情に出ている。
私が彼らを傷つけないように、見張っているつもりなのだろう。
「あら、ニーケはどうしたの?」
「あいつは寝てる。いつもこの時間は昼寝だからな。だから話せよ、お前のやりたい事」
「よく分かったわね、ニーケがいたからあの時は話せなかったって」
「知らねぇよ。俺はただ、それを話さないような奴は信用ならないって思っただけだ」
「自分で考えてここまで来たのね。リドリトは本当に賢いわ」
垣根なしの誉め言葉だったが、彼は「なっ?!」と声を上げた。
「そ、そんな事言ったって俺は絆されないからな!」
「いいわよ、そういうつもりで言っていないもの」
座りなさい、と席を進める。
素直に従った彼の後ろに、ノイマンが立ち私を見据える。
「まず初めに断っておくけれど、私がやりたい事はきっと世間一般的には褒められた事ではないと思うわ。何なら子どもの情操教育にも悪いかもしれない。リドリトがノイマンの判断を「信用に値する」と思うのなら、ノイマンだけ聞いてその後私が信用に足る人物だったかだけの所感を聞く事だってできる」
「私が先にお伺いしましょ――」
「自分で聞く」
リドリトが、ノイマンの言葉を横から遮って口を出す。
「自分で聞いて、俺自身が判断する。別にノイマンを信用していないとか、そういうんじゃない。でも、そういうのが大事だって言ったのはお前だ」
彼の目はひどく真剣で、本気で言っているのだという事がこちらまでヒシヒシと伝わってきた。
まだ信用していない相手の言葉を素直に信じてしまう辺り、まだ子どもだし詰めが甘いけど――十分合格点ね。
「分かった。じゃあ、ノイマンもそこで聞いていて。……私はね、『叔父と叔母が両親を事故に見せかけて殺した』と思っている。その証拠を集め、叔父夫婦がした事を世に知らしめる。それが私のやりたい事よ」
これは、まだ誰にも言った事がない目標。
ずっと傍にいるミリアンはおそらく感づいているだろうけど、それでも今まで一度も明言はしていなかった。
それを今ここで、口にする。
その危険性を知った上で尚、今言うべきだと判断した。
「事件があったのは、十一年前。国の調査が入ったけど、結局は事故で片付けられた。でもその後数年後、私はあの二人が私のいないところで殺しを示唆するような言葉を言っていたのを聞いたのよ。十一歳の頃だったわ」
あの時の事を思い出すと、今でも怒りが収まらない。
あいつらは、嗤っていしていたのだ。
お父様とお母様の事故の話を。
そして自分たちが《《何かをして》》、二人を死に至らしめたという話を。
「絶対に許さない。制裁を加えてやるまでは、私は死んでも死にきれない」




