第98話「亀裂」
「お遣い? 存じ上げませんでしたわ」
ハシバが言った。嘘をついているようには見えない。ナナは先程、ハシバに感じた印象を思い出した。ハシバはヨドゥヤの言動に対して他人事のように振る舞っているように感じた。
自分の感覚がどれ程、信用出来るかは分からない。だが、続いてのハシバの発言で自身の感覚は遠からず当たっているとナナは確信する。
「……ヨドゥヤ、どういうつもりや?」
「そんなん、うちが聞きたい。ハシバ、あんた、何しとう?」
「――さっきまで確かに死体やったよな。ふむ、時を超えて言うたか」
ハシバは手を懐に入れる。何かをしたとナナは感じた。しかし、初め何をしたのかは分からなかった。そして、一瞬後に少年が停止していることに気がついた。停止、時間が止まったように動かない。
「さて、恥ずかしい所、見せてもうたな。すんまへん。話し合いに戻りましょうか。少年は具合が悪いようなので隣で横になっていてもらいましょう」
ハシバが合図をすると少年は手際よく連れ出されていった。運ばれていったと言った方がいいかもしれない。
「ハシバ、質問に答えてくれへん?」
ヨドゥヤの言葉には怒気が孕んでいる。
「同盟締結の為に邁進している、それだけや。ヨドゥヤ、頭冷やした方がええんちゃうか?」
ハシバの合図でヨドゥヤも連行されていく。ヨドゥヤは振り払おうとしたが駄目であった。
「何が起こっているんでしょうか?」
執権補佐サガミが尋ねる。
「憶測では喋れんな。兎に角、今は同盟締結に向けての話し合いが優先や」
ハシバは1度、両手を打ち付ける。パンと子気味のいい音が鳴った。不穏な空気が払拭される。明朗快活な喋りは、横槍を刺す隙もない。どこか釈然としないものを残しながらも誰も何も尋ねかった。
「富めることが重要と仰いましたよね。もう少し詳しくお聞かせ願いませんか?」
サガミが口火を切る。
「天下において貧する者なく、万世において富める、それは皆が共有できる理想だと思わん?」
ハシバは目を輝かせて言った。純粋無垢な少年のような言葉である。
「六都同盟はその一歩だと思うとる。そして具体的なことを言えば、事前に言うた通り、北への対抗や、貿易の強化がある訳や」
何もおかしなことは言っていなかった筈だ。しかし、一連の言葉にナナは何か引っかかるものを感じた。何だろう? ナナは思い巡らすが分からない。
その後の会議は取るに足らないものだった。いや、必要な話し合いではあるが、仔細なことであり、特筆すべきことは無かった。少なくともナナが気に留めておくべきことは無い。
そうしてゴタゴタは色々あったのに最後はあっさりと同盟は締結された。そもそも召集に応じている時点で既定路線ではあったが驚きは覚える。ハシバの手腕によるものだろう。
「ではお開きや。今晩は祝宴会を開きますのでよろしゅうお願いします」
会議は終わった。ハシバは上手くまとめた。しかし、修復出来ない傷跡を残していった。もやもやを抱えたままナナたちは部屋に戻った。




