第96話「会議は踊る4」
「現時点においても、北は随分と強硬な姿勢をとっています。同盟は北に対する抑止力となり得るのでしょうか。かえって状況を悪化させる可能性もあります」
「ラクヨウさんは同盟に反対なんか?」
ハシバは尋ねる。
「……ただ考慮するべき懸案として述べさせていただいたまでです」
何だろう。これは恐れだろうか。ナナは肌にひりつくものを感じた。
「そうか。そら、おおきに。だが、私はそれでも同盟は締結すべきやと考えとる」
ハシバは司書官の意見を軽く受け流すと言った。
「――豊かである事、これが最も大事や。富める者こそが幸福を掴み取る、そう思うやろ? そして豊かさを手に入れる為には、時として危険な選択肢も選ばないあかん。それが今やと私は考えとる」
ハシバは滔々と語る。
「勿論、選択した危険に見合う、報酬が手に入るだろうとも思うとる」
決して強い物言いではない。しかし、ナナはハシバの語りに気圧された。その時、部屋に人が入ってきた。そして、静かにハシバに近づくと耳打ちをする。そして誰かが何事だと問う前に、ハシバが口を開いた。
「えらいことやなあ」
ハシバが呟いた。
「ほんま、えらいことや。この中に密偵が紛れ込んどるらしいな」
ハシバは、独り言とも語りかけとも判断しかねる口調で言う。
「〈岩戸 祭祀 錠前 鍵 秘密 発露……〉」
何を言っているのか分からなかった。それはナナの立場故だろう。冒険者は普段、それを用いない。何せ時間がかかる。冒険者は専ら単純で予備動作が殆どいらない方法を選択したがる。
それ、詠唱。魔術を行使する方法の1つである。異端な方法ではない。ただ冒険者にとってはあまり馴染みが無い。
「……まずい」
ナナが気づいた時には手遅れであった。
「〈……開けゴマ〉」
――収納魔術、これは便利だが、恐ろしい魔術である。例えば、徒手空拳に見せかけて、収納魔術で暗器を忍ばせて、接近、暗殺、なんてことが出来てしまう。
その為、収納魔術と同時に収納魔術を解除する魔術も存在する。今、ハシバが詠唱したのがまさにその魔術である。その魔術は大抵の収納魔術を解除する。
解除魔術の行使は相手を疑っているという宣言にも等しいから、対等な立場においては、信用の下、そう言った魔術を使うことは控えられるが、ハシバは相当の確信があるようだ。
悠長に考察している場合では無い。この場にはバチバが同席していた。そして、バチバは死体を収納していた。
かくして、少年の死体がその場に出現することになる。




