第92話「宿命」
人は、人は何の為に生まれてくるのだろうか。哲学では無い。単に素朴な疑問である。何の意味もなく生まれてきたのだとしたらそれ程、恐ろしいことは無い。憐憫の情すら覚える。僕は、平和の為に生まれてきた。生まれた瞬間にそのことを知覚した。平和をもたらす為にこの世に舞い降りてきたのである。
生まれもった使命のもと生きることが出来るのならば、それ程、幸福なことは無い。だから、僕は最も幸福な存在である筈だ。しかし、時々、酷く空虚な気分になる。始め、僕はそれを重責故の憂鬱だと思った。それならば、この感情も幸福の一形態に過ぎない。
だけど、段々、それが空っぽな気持ちだと気が付いてしまった。最低だ。最低の不幸である。幸福とは満ち満ちていること、不幸とは欠落である。僕は何かを渇望していた。圧倒的に何かが欠乏していた。そして、幸福を満たす器は歪み、砕け散ってしまった。何度も何度も砕け散った。
最後にようやく、僕は正しさを与えられた。そして、僕は満たされた。僕だけの正しさ、僕だけの幸福。誰にも奪わせやしない。しかし、僕の外側には正しさが存在しなかった。僕は懸命に自身の正しさを広めようと努力したが、誰も僕の正しさを認めようとはしなかった。
僕は、夢を見ていた、心地よい暗闇の中。思い出されるのは光の下に晒された歪んだ世界。世界は混沌へと向かっていく。そんな世界で秩序を追い求めても徒労に終わるばかりである。どうして、こんな世界になってしまったのだろうか。全て悪魔のせいである。
いずれ誰もが同一性を保てなくなる。世界そのものですら、法則性を失ってしまう。そんな世界にしたのは悪魔だ。だから、悪魔は殺さねばならない、平和の為に。その志を持ってして英雄と呼ぶのだと知った時は嬉しかった。
――どうにも思考がまとまらない。整理しよう。
僕はお遣いである。そして北より南へ向かった。これは指示通りである。そして悪魔を殺そうとして忌々しいことに失敗した。正しさを求めて仲間も作ったが上手くいかなかった。時に愛のために、時に裏切りのために。そうだ、僕は旅人に殺された。裏切られたのである。
悪魔は僕の天敵であった。あれは世界の理に干渉している。そうやって時空間を司る僕に対抗してきた。やはり悪魔は間違った存在である。そうだ、ハシバについても考えなければいけない。あの人間は野心の塊である。ヨドゥヤが手綱をとることでバランスを保ってきたようだが、既に均衡は崩れ始めているようにも思える。
――意味ないことか。暗闇の中、少年は安息へと沈んでいった。




