第9話「スー:サイド」
別視点
潜入成功。スーは内心で喜びの舞を踊る。少し不謹慎ながらも普段とは異なる任務にスーはワクワクしている自分を自覚していた。
白い肌、白い髪、白い瞳、スーは生まれもった体質からあまり日差しに強くなく、主に夜に行動する任務を割り振られることが多かった。
だから昼間の任務は久しぶりである。
「ふふ、楽しそうね」
「ええ、憧れの愛の園に入ることが出来ましたから」
「あら、本当?」
「正直に言うとエハドさんが格好良かったというのもありますけれど」
スーは愛の園のメンバーと適当に雑談をする。何か、引き出せる情報があるかもしれない。
「そうなのよ。我らのリーダーは格好いいのよ。男前で、リーダーシップがあって、時々助平で」
「あの、最後のは――」
「あら、ここがどういう所なのかは知っているでしょう?」
「はい、知ってます」
スーは顔を赤らめる、意図的に。
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。彼は皆を平等に愛してくれる。それにね――」
話しかけてきたメンバーは勿体ぶるように口をつぐむ。
「それに、何ですか?」
「ハーレムなんて揶揄されるけれど彼は冒険者としても立派なのよ。彼は私たちのために奮闘し、私たちも彼に尽くす、愛の力によって私たちは困難を乗り越えてきた。そして遂にこんな立派な拠点まで設けることが出来た」
メンバーは熱い思いを一気に語り切った。スーはこの組織に裏なんて存在してほしくない、心からそう思った。
「まあ、拠点を設けた反動でここ最近は冒険に行けていないんだけれどね」
その時、耳飾りから興味深い言葉が聴こえてくる。
スーはエハドに指輪を贈っていた。そこから音を拾ってスーの耳飾りの片方に音を届ける。もう片方はナナからの連絡を受け取るためのものである。
エハドに贈った指輪は従来の発信機を改造してより広範な音を拾うように出来ている。つまり音を盗み聞く、盗聴器とでも呼ぶべき道具であった。
「……それは地下に置いておいてくれ」
「分かりました」
エハドと誰かが会話していたようである。地下か。何か隠し事があるとすれば、やはり地下は何かが見つかる可能性が高そうである。
「荷物を整理したいので自分の部屋に戻ります」
「あら、そう。またおしゃべりしましょうね」
スーは自身に充てがわれた部屋に戻るとナナに連絡をした。拠点に潜入してから2度目、地下室のことだけ伝えるとスーは連絡を終えた。ナナには危ない仕事を任せることになる。自分もお姉さんとして頑張らなければ。スーは思った。
部屋の扉がノックされる。
「やあ、スー、君との交友を深めようと思ってきたよ」
「エハドさん! そうですね。まだ、私もエハドさんのことを深く知りませんし、今晩だけでも2人きりで過ごせませんか?」
「ふふ、君はなかなか大胆だね。いいよ、特別だ。今晩は2人で過ごそう。湯浴みを済ましたら添い寝の部屋に来てくれ」
スーは手早く湯浴みを済ませると部屋に向かった。部屋の中央には大きなベッドが備え付けられている。
「さて、お香でも焚こうか」
「待ってください。私の用意したものを使ってくれませんか」
媚薬かもしれない。スーはそう思って牽制をいれる。
「……いいよ」
エハドはあっさり承諾するとスーの手渡したお香を使った。
「うーん、いい香り。君は容姿だけでなくセンスも良いんだね。僕が初対面で感じた印象は間違っていなかったよ」
エハドはベッドで横になるとスーを手招きする。
「こっちにおいで。眠りにつくまでお喋りしよう」
まさか、このまま添い寝に移行して行く訳はない。スーはそのことを知りながらもエハドの誘いを受け入れて、ベッドに上がろうとした。
瞬間、エハドが突然目を見開く。
「誰だ!」
スーも同様に気配を感じ、警戒心を顕にする。しかし、その警戒心を通り抜けるように部屋にはいつの間にか、1人の人物が立っていた。全身がマントで覆われている。
「なんだ、お師匠様でしたか」
「迂闊だな、エハド。何故直ぐに媚薬を使わない?」
「まずはありのままの美しさを楽しみたいですから」
スーは謎の人物から少しずつ距離を取る。異常事態が起きていた。これは自身の力量を超えている。スーは感じていた。
「そのせいで、鼠を放置することになってもか?」
「鼠、ですか?」
「ああ、鼠だ。彼女の荷物を確認したかい? あれは取り敢えず数を集めただけのハリボテだ。それっぽく集めているが荷物の内容が噛み合っていない。私物ではないんだろうね」
「どういうことですか?」
「つまり、彼女はここに居座る気は更々ない賊ということだ」
エハドはスーのことをチラリと見る。駄目だ、逃げる方策が見つからない。
「単独の可能性もあるが仲間を招き入れようとしてくるかもしれない。十分に注意することだね」
スーは決して意識を途切れさせるようなことはしなかった。しかし、謎の人物はいつの間にか、スーの眼前にいた。
「召し上がれ」
スーは慌てて口を閉じようとした。しかし間に合わない。何かが口に突っ込まれる。
「さて、去るとしよう。君のハーレムに幸あれ」
「ありがとうございます、お師匠様」
エハドは謎の男を相当尊敬しているようだった。目を輝かせながら言った。
スーの意識は遠ざかったいく。私が、私が死んでしまう。
スーは微睡の中にいた。あれはナナ。気のせいかな、何だか気分が良い。エハド様格好いい。
「エハド、すまないがこの鼠は私が貰い受けよう」
謎の人物が言った。スーの耳はその言葉を捉えていた。しかし、その意味を十分に考えることはスーには出来なかった。




