第89話「復讐」
「悪魔は殺さねばならない。それが僕の存在意義だ」
とんだ妄執だ。ナナは少年を理解しようとすることを諦めた。
「もう1人の少年はどこ? ボクたちは彼を保護する必要がある」
「僕から仲間を奪おうというのかい? この悪魔が」
ナナは考える。未だに少年が用いる魔術が何なのかは分かっていない。また、逃げられる可能性もある。もしくは消滅する魔術をこちらに向けられたら、対処のしようがない。――当てはある。だが、上手くいくかは分からない。
ただ、一つ希望的観測があるとすれば、少年は魔術を殺すためには用いていないということだ。わざわざ小刀を持ち出してきた。つまり、魔術では直接的に殺すことは出来ない。
「あなたの仲間ではありません」
「ふざけるな。旅人は彼の意思で僕の仲間になったんだぞ。英雄の一派にふさわしい正真正銘本物の正しい仲間だ」
「英雄、ただの占いでしょう?」
「違う、僕は英雄だ。選ばれし英雄だ。悪魔を打ち倒し市井を守る役割を与えられた。平和をもたらし愛を保護することが僕の信念だ」
信念といえば聞こえはいい。しかし、少年のそれは酷く歪な行動原理だ。そして一方通行。先程から話しかけるナナの方は一切、向かず、スーを通り越して虚空を見つめて滔々と語っている。
「僕が正しい。僕が正しい」
少年は壊れた人形のように呟く。そして眩い光が生じた。ナナは賭けに出る。〈シズカ〉、ただ音を鎮める魔術。これでバンカが述べていた状況は再現出来る。
「何だ、何が起こっている」
「……単純なことだったな」
ナナは呟く。賭けだと思っていた。しかし、あっさり上手くいった。
「お前が何か、やったのか?」
少年は振り返ると、ナナを注視する。
「――悪魔、やっぱり僕の宿敵だった」
その時、頭上から光の線が降って来た。雷、それが少年を貫いた。ナナは空を見上げる。屋上で人影が動くのが見えた。
ナナの目の前で少年はパタリと倒れる。
「……」
暫く待っていると、人影が近づいて来た。
「死んでいますか?」
「鼓動はしないよ」
ナナは答えた。
「では念のため、もう一発、撃とう」
光の線が倒れている少年を貫いた。
「これが、あなたの目的だったの?」
ナナは尋ねる。人影、英雄の仲間になった筈の少年は答えた。
「そうだ。ずっと、復讐の機会を伺っていた。ナナさん、スーさん、どうもありがとう。ようやく隙を見つけられた」
「復讐?」
「そうだ。俺の築き上げた雷組はこいつに壊滅させられた。俺の仲間はこいつに――」
少年は口を噤んだ。正確には少なくとも1人は生き残っている筈だ。しかし、その情報を迂闊に出す訳にはいかない。どうやって知ったか問い質されては困るのだ。
「やはりあなたは、雷組のリーダーでしたか」
ナナは、ただ、一言、そう尋ねる。
「そうだ。それを思い出したのは漠都でのことだがな」
少年、雷組のリーダーは淡々と答える。
「さて、死体は仕舞っておこう」
リーダーは収納魔術で死体を収納する。
「あなたに何が起こったのか詳しく聞いてもいいですか?」
スーが尋ねる。
「ああ、分かった」
「付いて来て下さい」
リーダーはスーの言葉に大人しく従う。
振り返れば、話はシンプルだった。今回の旅の騒動の大半は先程、死んだ少年が起点となっていた。しかし、少年が死んだからといって問題が解決したとは言えない。寧ろ、厄介になったかもしれない。
ただ1つ良いことがあるとすれば、少年を心配していたアラカを安心させてやれることくらいだろうか。




