第87話「迷惑な客」
壁の向こうで爆発音がした。壁を登る何かを迎撃しているのだろう。爆発音は絶え間なく続いている。すなわち何かは迎撃を掻い潜り続けている。ようやく音が止んだ時、ナナは事態が解決したとは思わなかった。その根拠は目の前にいる。
――空から降ってきた。すなわち、何かは壁を登攀し、そして壁を飛び越えて町への侵入を果たしたのだった。そして、ナナはその何かを知っていた。ユキノコ、熊から進化したという生物である。ただそれはあまり重要なことでは無いだろう。
注目すべきはユキノコの背に座る人物、彼が一体、何者なのかということである。彼、小柄な老人。背格好でいえば副議長に似ている。しかし受け取る印象は全く違う。非常識で破天荒、騒動の中心にいることなど意に介さず、のんびりとしている。
ヨドゥヤが駆けつけて来た。そして、嫌なものを見たというように顔を顰める。
「……ほんまに困った方ですなあ」
「お知り合いでしょうか?」
ナナは尋ねる。
「あんたは、ナーラさんの所の子やな。先程ぶりやな。あちらの方はイヨさんの所の長や」
「これはこれは、丁寧な紹介ですな。儂は山都イヨの長、ハッサクです」
ナナは、道中で出会った、イヨの狩人を名乗る子を思い出す。我が強かった。そしてこの老人も周囲の空気に流されないような強さを持っている。イヨの人々というのはそうなのだろうか。それとも特殊な事例なのだろうか。ナナには判断がつかない。
「私は南都ナーラの副議長をお守りしておりますスーと申します。こちらはナナです」
スーがハッサクに答える。
「ほー、こちらの別嬪さんが」
「ハッサク様は、お一人でお出でですか?」
ヨドゥヤが苛立った表情を見せながら尋ねる。
「儂にはユキタがおるからの」
ハッサクはユキノコの背を撫でる。……名付けのセンスもあの子に似ている。
「止める奴がおらんかったからこんなことになっとる訳か」
ヨドゥヤは小さく呟いた。
「なんで壁を登って来たんや?」
「ああ、入り口が見つからなくてな」
「この阿呆が。いや、すんまへん、言い過ぎましたわ」
「気にしませんよ」
「ちょっとは気にして欲しいんやけどな。まあ、ええ。案内いたします。皆さんには迷惑かけました」
ヨドゥヤは頭を下げると、ハッサクを連れて行った。
「何やったんや」
誰かが呟いた。確かに同感である。しかし、忘れてはならないのは、ハッサクは大都の防衛システムを突破して来たということだ。軽く流していいことである筈がない。ハッサク、只者では無い。今回の六都同盟の使者で出会ってなかった最後の1人。彼の存在は果たして吉と出るのか凶と出るのか。
ナナは溜息をついた。




