第85話「不信感」
誰も口を開かない。何から話せばいいのか分からなかった。
「……南都の皆様方はどうして広場に来られたのですか?」
サガミが尋ねた。
「あの少年に用があったのでございます」
バンカが答える。
「そうですか。では情報をお渡し致しましょう。あの少年が何を話していたか、気になっておいででしょう?」
「この者共に話してよろしいのでしょうか?」
サガミのお付きの者が言う。
「大都に対抗する為には一致団結する必要があるでしょう。その為の情報開示です」
「慧眼でございます」
バンカはその応答をじっと聞いていた。
「単刀直入に言いましょう。私は大都に対して不信感を持っております」
ナナは周囲を見渡す。監視の目は見当たらなかった。しかし、それで本当に監視がないと保証することは出来ない。きっと今も監視されている。
先程、ヨドゥヤは最悪のタイミングで現れた。あるいは、ヨドゥヤにとって最善のタイミングであったかもしれない。図ったかのように、ちょうど良く。もしかしたら、偶然かもしれない。しかし、そう思えないほどにはナナも大都コーサカに対して不信感を持っていた。
「――理由をお話し致しましょう。あの少年は自身を英雄だと名乗りました」
英雄、古都で与えられた役割、それに少年は妙に固執しているようだった。
「そして、少年は自身を平和をもたらす者と説明しました。よって、英雄であるということでしょう」
平和をもたらすか。その割にはやっていることが滅茶苦茶である。それとも自分を正義だと信じているからこその行動だろうか。心底歪んでいる。
「先程、少年は自身をお遣いであるとも名乗っておりました。これは北からのお遣いと付け加えるべきでしょう。紋様について、ええと――」
「ナナと申します」
「――ナナ様がお尋ねになられましたが、少年が身につけていた衣服の紋様も北のデザインと見受けられました。それに加えて、少年が自ら述べていたことを踏まえると、少年は間違いなく北からの使者でしょう」
北、驚くべきことでは無い。
「北からの使者を当然の如く受け入れる大都の姿勢は喜ぶべきことでしょうか? 少なくともそれにより早急な武力衝突は回避出来たと思われます。しかし、それならば大都の真意とは何でしょう? 何故、同盟を提案したのでしょうか?」
「成程。つまり大都の真意を掴む為に協力しようとそういうことですね」
ダンがやや無遠慮にそう発言した。幸い、サガミは気を悪くした様子はない。とは言え、このくらいで気を悪くすることは無いだろうとダンは分かって言ったのだと思う。
「その通りでございます。フヒト副議長様にもお話を通して頂けますか?」
「かしこまりました」
バンカが答える。一歩、前進した。そう感じる。しかし、相変わらず、事態は混沌としており先は見えない。




