第82話「予兆」
サガミは説明する。
「カバネクラは北と近いのでそれなりに交流もあります。この服は北からの来訪者から買ったものです」
「それは――。それは、今回の同盟の意味を根本から覆しかねない行為なのではありませんか?」
側で話に耳を傾けていた司書官が尋ねた。
「南と北の対立など、民衆には預かり知れぬ所です。一方で民衆同士が友好な関係を築ければ、対立は解消出来るかもしれません」
「ですが――」
「全員が揃ってからまたお話しを致しましょう。さて、質問への返事はこれでよろしかったですか?」
「はい。ありがとうございました」
「私は、もう血で血を洗うような戦争は見たくありません。この紋様が友好の架け橋になればいいなと思っております」
サガミはしみじみとそう呟いた。そして、この一連の会話の中で副議長はずっと沈黙していた。
実の所、南都は新都と立場的に近い筈だ。冒険者は北とも交流をしている。しかし、副議長はそういった事情について述べることはしなかった。
「さて、では私は鍛錬をしに行きましょう」
サガミ率いる新都の一味は去って行った。
「……副議長様は、先程の執権補佐様の考えについて、いかがお思いですか?」
司書官が、副議長に尋ねる。
「武力以外の手段が残されているのならそれは幸いなことです」
「私もそう思います。しかし、副議長様、大都副議長様はどのように考えているでしょうか? 執権補佐様の考えは大都副議長様の意に反しているように感じました」
「そうですか」
副議長は淡白な返事をする。司書官は大都陣営の意見を重要視しているようだった。大都陣営と意見を異にすることを恐れているようにも見える。
「すみません、栓なき事を述べてしまいました。私ももう行きましょう」
司書官たちも去って行った。
ナナたちだけが残る。外には、ここの従業員が待機している。ナナたちは従業員に案内されて、客室に向かった。取り敢えず、休息である。1人1部屋ずつ、ただし、ナナとスーは頼んで同じ部屋にしてもらう。
「ふー、疲れたね」
スーは少し大きな声で言うと、ナナに近寄って囁く。
「盗聴されてるかもしれない」
「そうだね。念のため、ここでは、組合長への連絡も控えた方が良さそう」
何となく、視線を感じる。その程度の違和感だ。しかし、ネットワーク生物を手中に収めているのならば、それを盗聴に応用している可能性は十分にある。
「もう、耳元に息を吹きかけてくすぐったいなあ」
ナナは戯けたように言った。
「さて、出来ることもないし仮眠でも取ろうか」
ナナたちはベッドで横になる。ナナはそこで先程の会話について考える。サガミの発言、あの場にヨドゥヤは居なかったが、盗聴されている可能性は大いにある。
そして、ああもはっきりと北との友好について語られれば、北と対抗していくことを考えている大都の面目は丸潰れになるかもしれない。――大都コーサカの真意はまだ分からないが、少なくとも名目として掲げていたことと新都カバネクラの意見は異なる。
同盟締結を前にして波乱の予兆が見えていた。




