第76話「ユキノコ」
「あー、暇だな」
ダンが言った。何も無かった訳ではない。獣による襲来は何度かあった。しかし、それらは難なく撃破出来た。
決して気を抜くつもりは無いが、自分の意思ではどうしようも無い部分がある。何かあっても、最終的にはバンカがどうにかしてくれる。そう思っている中で、頑張るのは難しい。
農刀の技術で、体力、いや魔力切れを起こす心配も大幅に下がったという。漠都でのように、倒れてしまうことはもはや無いと、副議長に述べるバンカの言葉をナナは聞いていた。
そもそも、初めからバンカが追い詰められるような場面を想像出来ないのに、更に強くなっているのだから理解が追いつかない。もし、議会と冒険者組合の対立が激化したら、冒険者組合は大分、劣勢に立たされることだろう。しかし、強化を引き起こしているのは人の技術なのだ。そう遠くないうちに漠都は、強い軍隊を編成することになるだろう。
「何か、来ています」
アラカが言った。見覚えはある。白い毛むくじゃらの獣。ただし、大きさはそれほど大きく無い。馬ほどの大きさだった。
「誰か乗っているね」
スーが言う。それは、馬車に気づいたようで近寄ってきた。馬車もそれに合わせて、停止する。
「久しぶりに人を見た」
毛むくじゃらの上には、やはり人が乗っていた。少女である。弓を背負っていた。そして荷台に座るナナたちを見ると、言葉を発する。
「どこに行くんだ?」
獣に乗る人は尋ねてくる。
「名乗るのが先じゃ無いか?」
ダンが言った。
「う? 俺は、スダチ、イヨの狩人だ。なあ、どこ行くんだ?」
少女は、無邪気に質問を重ねてくる。
「私たちは、大都コーサカに向かっている所ですよ」
前方から、副議長が答える。
「へー、コーサカか。聞いたことあるぞ。じいちゃんが前に話してた」
「あなたの乗っている生き物について聞いてもよろしいでしょうか?」
「ユッキーのことか?」
「ユッキーですか?」
副議長は聞き返す。
「ああ、ユキノコのユッキーだ」
「ユキノコですか。私たちは先程、ユキノコと思われる巨大な獣に襲われたのです」
「ああ、ユキノコは山程もでかくなると言われているからな。俺のユッキーもいつかそれ程、大きくしたいもんだな」
少女は豪胆に笑う。
「……上手く飼い慣らしているのですね」
「ああ、卵の頃から育てているからな。巣から採ってきた。孵化すると、最初に見たもんを親と思い込むんだ」
「すごいな」
ダンが呟く。確かに、逞しい。先程見たような巨大なユキノコにバンカのように直接、対抗する術はおそらく持たないだろう。あるいは何人かで協力すれば、追い返せはしても倒すことは出来ないと思う。しかし、それでも、そんな強大な生き物の卵を盗み、育てるとはバンカとはまた違った意味で強い。それは生きる強さである。
「昔からいる生物なのですか?」
副議長がまた質問する。
「少しずつ進化してきたらしい。じいちゃんは、熊か何かが進化した生き物っていってたな」
熊か。言われてみれば雰囲気は似ている。しかし、決してこの生物を熊と呼ぶことは無いだろう。そもそも卵から産まれている時点でかけ離れている。
「熊には見えないだろ。2、3世代前はもう少し熊っぽいやつも多かったそうなんだ」
生物は進化し続ける。その流れを止めることは出来ないだろう。
「どうも、ありがとうございました」
「俺も久しぶりに人と話せて楽しかったよ。長らく帰っていないんだ」
「どうしてですか?」
「修行中なんだ」
「それは、それは。頑張って下さい」
「うん。じゃあな」
少女は去って行った。馬車は再び走り出す。
「さて、俺も頑張るとするか」
ダンが言った。とはいえやることは変わらない。周囲に気を配る続けることだけである。




