第75話「双び立つ者無し」
「おいおい、どうするんだ、これは」
ダンが呟いた。
「迂回してどうにかなる量じゃ無いな」
アラカが言う。
「これを回避したところで、更に何かが控えているだろうしね」
スーが言った。
とは言え、焦ることはない。ここにはバンカがいる。魔術師バンカ、南都最強。
炎の波が発生する。そして、動物を巻き込むように斜面を駆け登っていく。群れは崩れて、尚、進んでくるものと後退するものに分かれる。続いて、第二波が発生する。そして、第三波、四波。動物は火を恐れて散り散りになった。
馬車が停止した。
「……ここで、迎え撃ちます」
馬車から降りるとバンカが言った。
「迎え撃つって何を?」
ダンが尋ねる。バンカは答えなかった。答える必要は無かった。逃げ惑う動物たちを蹴散らし、巨体が接近してきているのが見えた。
真っ白な毛皮に覆われた、岩、いや一つの小高い丘が移動していると感じさせるような獣。それが何かは分からない。ただ、厄介なのは間違い無かった。ナナは身震いする。恐怖ではない。その獣は冷気を発しているようだった。
バンカは迷いなく火球を撃ち込む。獣はバンカを標的に定めたようだった。速度を落とすことなく、馬車目掛けて駆け降りて来る。
バンカは火球を続けて叩き込む。冷気が炎を打ち消しているのだろうか。獣は多少、怯むが、尚、迫って来る。
「……やむを得ないですね。これ以上、距離を詰められたら厄介です」
バンカは何やら不穏な呟きをする。その瞬間、一際、大きな火球が獣に向かって叩き込まれる。それは獣を抉り取った、地面を削りとった。辺り一体を巻き込んで獣は吹き飛ばされる。そして、気づいた時には大穴ができて、地形が変化していた。バンカは満足したような表情を浮かべる。規模の大きい魔術を連続で使っていたが一切、疲労は見られない。
「元気になったようですね」
ナナは言った。
「どのような意味でしょう?」
バンカが聞き返す。
「落ち込んでいたようですが、塞いだ気持ちを払拭出来たようですね」
「どうも、ありがとうございます。私は強化された筈なのに、あの英雄に負けて悔しかったのです。こうして、副議長様に力を示すことが出来て、ようやく心が落ち着きました」
バンカは、ナナたちとは一線を引いている。移動中も御者席と荷台では壁があり、それが心理的にも壁になってしまっている。それでも、バンカとも仲間になっていきたいとナナは思っていた。そして、今、バンカにまた少し近づけた気がした。
「何だったんだ、今のは?」
ダンが言った。
「奇妙な生物だが、あれも生物兵器か?」
アラカが言う。
「どうでしょう。傾向からは外れますね。北の生物兵器は空からやって来ます。あの獣は走ってやって来ました。単にあのような生物と考えるべきでしょう。新種の生物ではあるかもしれませんが」
バンカは答える。
「へー、そうか」
ダンは相槌を打つ。
「跡形もなく吹き飛ばしてしまったので、調べることは出来ませんね。調べることが出来ればはっきりしたことが言えるのですが」
「まあ、いい。残っている動物の群れに巻き込まれないうちに行こう」
「かしこまりました」
バンカは、魔術師バンカから御者のバンカになると、馬車に戻った。ナナたちも荷台に戻る。馬車は再び走り出す。結果として、野生の勘が働いたのか動物たちは馬車に寄って来なかった。バンカという危険を察知したのだろう。
上には上がいるものだ。しかし、この場において最早、バンカに並び立つ者は存在しないようだった。




