第73話「御伽の国の殺人事件10」
脚本家見習いはゆっくりと筆を運ぶ。一筆一筆を丁寧に記していく。
「さて、私は六都同盟の為に近いうちに都を発つ必要がある。後は任せた」
「了解」
側で脚本家と司書官が会話をしている。
「ふむ、何か、気掛かりなことでもあるのか?」
「あの2人はどうしたのだろう?」
「『英雄』と『旅人』か。そうだな、彼らの物語において、我々は部外者だ。関係があるのは客人の皆様方だろう」
「違いないな。部外者である我々が介入出来そうにもない。例え、殺しをしでかした罪人でもな」
司書官は確信にも近い感覚で、彼らは既に、この町にいないだろうと思っていた。
「客人たちはいつまで滞在するんだ?」
「今日中には出発されるだろう。『悪魔』殿も既に回復されたと報告を受けている。私も早急に出立の準備をしなければならない」
司書官は答える。
「さすが、『悪魔』だ」
脚本家は感嘆する。
「そうだな。だが、なぜ『悪魔』殿は狙われたのだろう。脚本を演じることが目的だったのか? 貸本屋で脚本の活版本は入手可能だっただろうが」
司書官は呟いた。
「『悪魔』だったからだろう」
「どういうことだ?」
「『英雄』は『悪魔』を憎んでいる」
実行犯は魔術書である。しかし、その裏に英雄の手引きがあったのは明白である。
「相変わらずの読解力だな」
司書官と脚本家は沈黙する。
「さて、私は行くとしよう」
司書官が立ちあがろうとした時、脚本家見習いの筆の動きが止まった。そして一呼吸おくと、紙を束ねて本として、体裁を整える。
「写本を作らせた」
「見事だ。美しい」
司書官は流麗な筆致を見て取ると言った。
「姿見の詩。これはまさに写しとることに意味があるだろう。実体と虚像。命を写しとる」
脚本家は言った。
「あの写本の書き手もそのような心持ちで写本を作ったのだろうな。だから命が宿った」
「……ああ。だが、そのような思いのこもった詩集も忘れ去られていた。あの詩集はボロボロになっていたが、元々、保存状態が良くなかったのが見てとれた。随分、退屈させてしまったに違いない」
「だから、利用されたのか」
「だろうな。面白くない話だ」
司書官は相槌を打つと、今度こそ、立ち上がった。
「私は行こう」
「……今更だが、本当に同盟は必要なのか?」
「ああ、確かに古都は南都などより北から遠いから脅威を実感し辛い。だが、脅威は脅威だ。協調する方が無難だ、――というのは建前だと分かっているだろう」
司書官は話を続ける。
「大都からの圧力は強い。抵抗すれば、どうなるかは分かりきっている」
「古都より更に北からは遠い大都が同盟の締結なんて何を考えているのだろうな」
脚本家が言った。
「分からない」
「問題は、同盟を結んだところで、北には勝てないだろうってことだ」
脚本家は言う。
「だが、他に道はない」
司書官は言う。そして、去っていった。




