第72話「御伽の国の殺人事件9」
「さて、心残りもなくなったことだし、そろそろ冒険に出るとしようかな。仲間を唐突に引き抜くのは悪いと思っていたからね、話ができて良かった」
ナナたちは立ち止まる。
「逃がしません」
バンカが言った。
「……僕は、あなたのことをある程度、認めているんだ。僕の魔術を一部、打ち消したからね。ほとんど拮抗していると言っていい」
バンカは押し黙っている。
「僕の魔術は完成しなかったんだ」
ナナはその言葉に何か引っかかるものを覚える。
「漠都で僕が城を飛ばそうとした時、途中で魔術が打ち消された。お陰で人を飛ばし損ねたよ。僕の魔術は一度に飛ばしている訳ではないからね。僅かながらズレがある」
意外と繊細な魔術である。
「あっ。」
スーが何かに気づいたように声を上げる。
「あの時、音がしなかった」
ナナも気づく。静かに城は消えていた。そして人は残った。
「何の話をしているんだ?」
ダンが尋ねる。
「漠都で城が消えたでしょう。その瞬間をボクたちは目撃していたんだけれど、音がしなかったんだ」
「ああ、あの爆発騒ぎか。そりゃ、不思議だな」
「――見事な妨害だった。だが、全てを打ち消せた訳じゃない。よもや、あの時油断していた訳ではないでしょ」
英雄の役を与えられた少年は煽っている様子では無かった。ただ淡々と説明をしている。
「あなたには、僕の魔術を完璧に封じる手段は無い訳だ。それなら、逃げられる」
「あの時は正体不明の魔術でしたから。しかし、今はある程度目星がついています」
「それは困ったな。では賭けにでよう」
ナナは光で目が眩む。そして、破裂音がして2人の少年は消えていた。
「……逃げられてしまいました」
「少年――」
アラカが落胆する。
「本当に魔術の正体に見当がついたのですか?」
ナナは尋ねる。
「ええ、朧げですが。あれは、最も魔術らしい魔術だと考えております。混沌の力、魔力、それを忠実に再現したような魔術です」
「随分、抽象的だね」
ナナは言う。
「ええ。感覚として捉えられたに過ぎないのです」
「どうやって魔術を妨害したの?」
「混沌の反対です。つまりは秩序」
バンカはそれ以上の説明は出来ないようだった。バンカは案外、感覚派のようだ。そういえば、バンカは占い師に吟遊詩人の役を与えられていた。それは、もしかしたら世界を感覚的に捉えるバンカの性質を表していたのかもしれない。
「何が、何やらさっぱり分からないが、戻るしかないようだな」
ダンが言った。
「そうですね。副議長様には私から一連の経緯を説明させていただきます」
バンカも意気消沈しているのだろう。いつもよりよく喋るし、ナナたちに対して気遣いもする。
「いや、皆で説明しに行く。どうしようもなかったと素直に述べるしかない」
ダンは、実際の所、何が起こっているのかよく分かっていないようだった。それでも、ダンはこの旅におけるリーダーなのだろう。皆を奮い立たせるように言った。ナナたちは宿に戻る。
第52話参照




