第71話「御伽の国の殺人事件8」
ナナたちは朝食を終えた。
「さて、何から手をつけたらいいのやら」
ダンが言った。今の所、一切の手がかりがない。瞬時に姿を消す謎の魔術。古都ラクヨウにいるのかすらも分からない。
「私が案内いたしましょう」
バンカがやって来た。
「案内ってどうするんだ?」
ダンが尋ねる。
「……既に居場所は特定しております」
バンカはこともなげに言った。
「ほう、そりゃすごい」
ダンは感嘆する。どうやって、特定したかは言わなかった。ナナは次の言葉を待ったが、語る気は無さそうだった。バンカは確固とした足取りで歩き始める。
「ついて来て下さい」
宿を出ると通りを歩いて行く。町は平和そのものであった。しかし、進行方向から、物騒な会話が聞こえて来る。
「おのれ、手打ちにしてくれようか」
「お願いします許して下さい。今度こそ、今度こそは改心いたしますから」
「盗人ゴローは必死に命乞いをいたします。しかし、騎士は怒り心頭、今にも斬りかからんばかりの勢いでした」
バンカが立ち止まった。通りの真ん中では劇が演じられている。その観衆の1人に少年がいた。
「少年だ」
「隣にいるのが英雄だよ」
スーが耳打ちをする。ナナは英雄という奴を見た。ごく普通の少年に見えた。特筆すべきことといえば、袖に刺繍された紋様くらいだろうか。渦巻きと棘を組み合わせたようなパターンである。この辺りではあまり馴染みのないデザインである。
ナナたちは少年2人を囲むように陣取った。そして、バンカが接近して行く。2人は間もなくバンカに気が付いた。バンカが話しかけると、存外、素直に応対しているようだった。劇の鑑賞をやめると移動を開始する。バンカはナナたちに近づいてくるように手招きする。
「『盗人物語』、あれは傑作だね。意志を貫き通すことの大切さを教えてくれる」
英雄の方が脈絡無く言った。
「そうですか」
バンカは素っ気なく返事をする。
「僕はずっと、仲間を求めてきた。そして、ようやく仲間を見つけることが出来た。嬉しくて堪らないよ」
「本当に仲間なのでしょうか?」
「ああ、意志をちゃんと確認出来ていなかったのが問題だったね」
「――あの、今までありがとうございました。僕はもう、彼の仲間です」
「今の聞いたかい? 僕たちはちゃんと正しい仲間なんだ。もう追ってくる必要は無いよ」
「少年、そいつは危険だ」
アラカが言う。
「もしかして、襲われたから言っていますか?」
「襲われた? 何のことだ?」
「ああ、気づいていませんでしたか。追跡されているって教えてもらったから、僕が追い払ってくれってお願いしたんです」
「上手い具合に脚本とも合致していたしね」
英雄の方は嬉しそうに言う。
「この下劣な奴め」
ダンは、英雄の方に向かって吐き捨てるように言う。
「そんなこと言わないでよ。そんな大それたことは企んでいない。ちょっと仲間との仲を深めようとしただけだよ」
「それで、殺したのか?」
「僕は間違ったことはしないよ。あれは、古い時代の詩集だったんだ。そしてすっかり忘れ去られていた。それは本にとっては辛いことだ。だから、忘れられないように永遠にしたんだ。仲間との親睦も深まって一石二鳥だ」
「狂っている。少年、こんな奴のそばにいては駄目だ」
アラカは少年を必死に説得しようとしている。
「アラカさん、僕は戻りません」
少年は、言い切った。




