第70話「御伽の国の殺人事件7」
朝になった。部屋の扉が開いて人が入ってくる。
「どなたですか?」
ナナは尋ねる。
「あなたの治療を担当した者、医者です。そして、あなたが昏睡中、看護を行なっておりました」
「それは、どうもありがとうございました」
ナナは深く頭を下げる。
「職務をこなしたまでです。――それにしても予想よりも早くお目覚めになられたようですね。目覚めるのにはもう少し時間がかかると思っておりました」
「ボクは悪魔らしいですので」
「そうですね。再生を果たしたという訳ですか」
ナナはベッドを見る。スーまだ寝ていた。静かに寝息を立てて寝る様は、1枚の絵画のようにも思われる。
「包帯を巻き直しましょう」
ナナは椅子に座った状態で医者と向き合う。医者はナナの頭に巻かれた包帯を素早く外す。そして医者の動きが止まった。
「どうしたんですか?」
「……もう包帯は必要無さそうですね」
「ああ、昔からボクは傷の治りが早いんだ」
「そうなのですか」
医者は相槌を打った。
「なるべく早く宿にお戻りになられるように申し上げておきます。お仲間の皆さんも心配されていることでしょう」
医者は話題を切り替えるとそう言った。
「分かりました」
ナナは答える。医者は部屋を出て行った。ナナはそれからしばらく、またぼんやりとスーの寝姿を眺めていた。それから、ようやくスーの身体を軽く揺する。
「スー、起きて」
スーの透き通るような白い瞳と目が合う。
「スー、おはよう」
「ナナ、おはよう」
スーは身体を起こす。髪の毛は少しボサついている。スーは手で軽く髪の毛を整えるとベッドから立ち上がった。それから伸びをする。
「あれ、包帯取ったの?」
「ああ、もう大丈夫みたい」
「そっか」
スーは少し笑みを浮かべた。それから表情を切り替える。
「――少年も一緒にいなくなった?」
ナナは、スーから昏睡中の出来事について聞いていた。
「私は、英雄が何か企んでいると思う」
「うん、ボクもそう感じた。どこからかは分からないけれど、その少年が何か企んでいると思う」
「さて、じゃあ、そろそろ宿に戻ろうか」
ナナはスーの言葉に頷く。そして、ナナたちは宿に向かった。宿に入るとすぐにアラカとダンに出くわす。
「元気になったのか」
アラカがポツリと呟く。
「おお、すっかり元気そうだな」
ダンが言った。
「うん、悪魔の如く舞い戻ってきたよ」
「そうか」
ダンはニヤリと笑った。アラカは表情を変えない。
「――ナナ、もう聞いているか? 少年が連れ去られた」
アラカが言った。
「話は聞いているよ。でも、本当に連れ去られたのかな? 自分自身の意志でという可能性もある。むしろそちらの確率の方が高そうだ」
スーの話を聞いた限り、ナナはそう判断していた。ナナが尾行していく中で入っていった建物、あそこで何もかも聞き、英雄という奴の企みに同意したのではないか。
スーは少年が何か隠しているような印象を受けたという。あるいは何か嘘をついているような。少年はその時にはもう離反することを決めていたのではないか。
「……奴は危険なんだ。少年をその危険から守らねばならない」
それはナナたちとて同じである。少年は推定冒険者、保護対象である。
「副議長様は何と?」
「勿論、少年を救い出すようにとおっしゃっていた」
アラカが答える。
「じゃあ、頑張るしかないね」
「とは言え、腹が減っては頭も身体も働かない。一旦、朝食にしよう」
ダンが言った。ナナはお腹をさする。確かに空腹である。




