第7話「愛の世界。崩壊。」
「止まらない」
エハドは完全に死んだ筈だ。しかし、集まってきた女たちは動きを止めなかった。ジリジリと囲んでくる。しかし、やはり司令塔となるエハドが死んだせいか動きは覚束無いようだった。
集まってきた女たちの中にスーの顔は無いようだった。ナナは集まってくる女たちを無視すると拠点の捜索を開始する。
女たちは躓きそうな頼りない足取りでナナの後を黙って追ってくる。
ナナは隈なく拠点を探索する。全ての廊下、部屋、そして屋根裏まで。しかし、スーも溜め込んでいるであろう媚薬キノコや金も見当たらなかった。
……地下。スーは地下を探せと言っていた。しかし、いくら見て回っても地下への入り口が見つからない。そもそも、あのスーの言葉は信用出来るのだろうか。
ナナは考える。スーはどの時点で媚薬の罠にかけられたのか。そして、どうして媚薬を盛られたのか。スーは冒険者組合エージェントの1人なのだ。何か余程のことがなければ媚薬を盛られるなどというヘマはしないだろう。
そして、その“余程のこと”が起こったのだ。それがどのタイミングで起こったのかが問題だ。
――あの時、スーの話ぶりは自然だった。あれがエハドに操られていた結果だとは思えない。これは果たして妥当な判断か、誤った推論か。
ナナは今もぞろぞろとついてくる女たちを見る。媚薬キノコによる命令は強力だが、何か複雑なことを命じられたとは思えない。
ナナはスーの言葉を信じることに決めた。何かあったのは最後の報告の後、そう仮定することにする。
……地下。実際の所、いくら探しても地下への道があるとは思えなかった。しかし、スーの言葉を信じると決めたのだ。スーはどのような意図で言葉を発したのだろう。
ボクは何かを見落としているのかもしれない。ナナは思う。一体、ボクは何に気づいていないんだ?
スーはここに地下があると言った。やはり、何処かに地下へと続く隠し階段のようなものがあるのだろうか。この拠点はやけに部屋の数が多い。それに廊下がぐるぐると渦巻いているので、何度、探索してもどこか見逃してしまったのではないかという不安がある。
ナナは歩き続けながら考える。その時、背後で何かを叩きつけるような音が響いた。
「なんだ、転んだのか」
追ってくる女たちの1人が転んだようだった。ナナは手を差し伸べると起き上がらせる。転んだ彼女は少し驚いたような表情を見せた。焦点の定まらない目線に一瞬、光が宿ったように見える。
しかし、その後にはエハドの最後の命令を守るかのように、ナナの後をついてくる。
先程から何だか、転びそうだったけど、遂に転んだのか。ナナは僅かに微笑みを浮かべる。
彼女たちも解放してやらねばならない。その為には、きっと、地下を見つける必要がある。
何で、転んだんだろう? ナナは違和感を覚える。何かに躓いたのだろうか。ナナはもう少しで正解に辿り着けるように感じた。
――傾いている。部屋ごとに少しずつ傾斜がついているのだ。渦巻き状に、中央に行く程下がっている。
ナナは建物の中央に向かった。ここは外の地面より大分、低い。つまり地下だ。スーはこの場所の情報を入手したのではないだろうか。
もちろん、直接地下に行けた訳ではないので、謎かけのようになってしまったが。
愛の園の誰かがこの奇妙な建物の構造から洒落て、この部屋を地下と呼んだのだろう。
ナナは部屋を探索する。改めて見ると引き出しに男物の服がしまわれている。ここは愛の園で唯一の男であったエハドの部屋なのだろう。
何か、重要なものが隠されている筈だ。ナナは徹底的に部屋を探す。そして、遂に床板を引っぺがすと箱が隠されているのを見つける。
……へそくり。万が一の為の資金だろう。時がくるまで取り出すつもりもなかったから、床下なんかに隠したのだろう。重要なものではあるが今、必要なものでは無かった。
部屋はもう、探すところがない。振り出しに戻ってしまった。
ナナは額の汗を拭う。何だか、暑い。そう思った瞬間、突然、あたりが発光する。そして、次の瞬間辺りが燃えていた。
陣だ。陣が仕組まれていた。ナナは奇妙な建物構造の真の意味に気がついた。部屋と廊下によって陣が形成されていたのだ。炎系統の魔術だろう。その上、周囲に炎が拡散しないように窪みまで作っていた。
……炎が部屋全体を包んでいく。ナナは悟った。エハドは駒の一つに過ぎなかった。黒幕がいる。




