第69話「御伽の国の殺人事件6」
――悪魔とは何か。姦淫が悪徳とされていたのも今は昔のこの世界において、悪魔も、もはや悪とは見做されない。ただ、その名称だけが、昔の名残りを示している。悪魔が意味する色欲、食欲、知識欲といった人の抗えない欲求、憤怒や嫉妬といった強い感情、それらはすなわち人の生命力である。
悪魔とは並々ならぬ生命力の象徴であり、それが転じて再生を象徴するようになったという。溢れ出る生命力、それは世界をも作り直す力を持っていることだろう。
ナナは目を覚ました。
「ナナ!」
スーが遠慮がちに両手を握ってくる。ナナは、頭の中が段々と明瞭になってくるのを感じる。自分は間抜けにも攻撃を避けられず、頭を殴打されたのだ。頭に触れた。包帯を巻かれていた。痛い。
「ナナ、大丈夫? あ、そもそも私のこと分かるかな。記憶障害があるかもって――」
「スー、大丈夫だよ」
スーは目尻を拭った。それでも涙は抑えきれず、頬を伝った。
「スー、ごめん」
「私が勝手に泣いているだけだから」
スーは深呼吸をして気を落ち着かせようとしている。
「占いの通りだったね。ほら、ボクは悪魔だったでしょう。無事、復活した。再生を象徴する悪魔らしく振る舞えたんじゃないかな」
ナナは冗談めいて言った。
「……じゃあ、私は姫らしく振る舞った方がいいのかな」
スーは冗談を返すように言った。スーは占い師によって姫の役を言い渡されていた。
「他のみんなはどうしているの?」
「宿で休んでいるよ。明るくなってから呼びに行けばいい。もうすぐ夜明けだから」
スーが欠伸をした。
「寝なよ」
ナナはベッドを降りるとスーに横になるように促した。
「ナナが寝てなよ」
「スーが倒れたりしたら心配だからさ、横になって。ボクはもう十分休んだ。すっかり回復したのが分かる」
「分かった」
スーは素直にナナの言葉に従った。ナナはスーが先程まで座っていた椅子に移る。スーはあっという間に眠りに落ちていった。よっぽど気を張り詰めていたのだろう。
仲間を失うことは辛い。ナナはスーの寝顔を眺める。
ナナは寝ていた時に見た夢を思い出した。夢の中でナナは真っ暗闇1人であった。それは酷く孤独なことであった。そしてやがて、光の中に引っ張り上げられる。しかし、光の中でナナは罵られ、打たれた。光は沈んでいった。ナナは再び、暗闇の中にいた。次に見た光は尚、強かった。ナナはそれを希望と信じた。しかし、その光も失われた。ナナは深く絶望した。
けれども、今、ナナには仲間がいる。ナナは微笑みを浮かべた。




