第68話「御伽の国の殺人事件5」
「申し訳ありません。逃がしてしまいました。私の不徳の致すところです」
バンカが謝罪を述べる。
「仕方のないことでした。予想外の能力を行使されたのですから」
副議長が慰めるように言う。そう謎の力、魔術書の力と言っていた。
「生きていた時の魔術書も能力を持っていたのかな?」
スーは呟く。
「ああ、その通りだ。『英雄』は姿見の力と言っていたな。あの詩集は他人の姿を写しとる力があった」
脚本家が言う。
「何故、姿見なんでしょう?」
「姿見は古くから、異世界への入り口とも、心を開く窓とも言われてきた。だから、詩の題材としてよく好まれる。そして、そうした詩を集めた詩集だから、姿見の力を得たのだろう」
「殺すと能力を奪えるのですか?」
「殺した所で、本の意味が失われる訳ではない。命が奪われても生きてきた意味は残る。だが、本を傷付ける者は嫌いだ」
淡々とした言い方である。それでも脚本家は初めて感情を顕にしたようだった。そして回りくどい言い方だが、英雄は能力を奪い取ったと考えていいのだろう。しかし、何故そんなことをしたのか。タイミングから考えて、姿見の魔術書は、ナナとバンカを襲撃、逃走後、すぐに殺されている。そうすると、全て、英雄の仕込みであったことにならないだろうか。
「……まあ、今いろいろ考えても仕方ないですね。まずは、ナナに会わせて下さい」
「案内いたしましょう」
司書官に連れられて、スーたちは病院へと向かった。そして、病院の廊下の最奥にある部屋に入った。ナナがベッドの上に寝かせられている。ピクリとも動かず、死んでいるようだった。スーは思わず手を伸ばす。触れた肌はほんのりと温かかった。
「触らないで下さい」
部屋でナナを看護していた者が言う。
「今はどのような状態だ?」
司書官は尋ねた。
「外傷は治療致しました。今は安静にして頂いています。出来ることは覚醒を待つのみでしょう」
「このまま、目覚めないという可能性はないのでしょうか?」
副議長の言葉にスーは泣きそうになる。そんな可能性は考えたくなかった。しかし、聞かねばならぬことだろう。
「いえ、外部から余計な刺激を与えなければ、いずれお目覚めになるでしょう。しかし、記憶障害が残る可能性があります」
良かった。スーは安堵する。ナナが無事、目覚めるのならばそれでいい。例え、自分のことを忘れられてしまっても。
「記憶障害か。心配だな」
ダンが呟いた。心底、同情しているような言葉だ。
「ナナなら、大丈夫だ」
アラカが自身にも言い聞かせるように答える。
「さて、宿までお送りいたします」
司書官が言った。
「あの、私はここにいたいです」
「出来ることはございませんよ」
看護者は冷淡にそう言う。
「それでも――」
スーは尚も食い下がろうとする。
「いえ、お気持ちは分かります。どうぞ、お好きなだけここにいて下さって構いません」
スーは開きかけた口を閉じる。
「ただ、患者様にお触れにならないようにして下さい。私は休んでおりますから、何かありましたらお呼び下さい。玄関すぐの部屋です」
その言葉を皮切りにスー以外は部屋を出て行った。ダンとアラカは身体を気遣う言葉をスーに述べていく。1人になってスーはナナをじっと見つめる。大丈夫、きっと大丈夫だ。




