第65話「御伽の国の殺人事件2」
「――ナナは、死んだ」
スーの全身が硬直する。頭が情報を受け付けない。つい先程、アラカがナナを担いで、宿に戻って来たという報告を宿の従業員より受けた。そこで1階に降りて来ると、アラカを見つけた。しかし、ナナは女将と従業員によって、搬送されたという説明をアラカに受けたところであった。
「何て言った?」
「ナナは、死んだんだ」
アラカが言い直す。
「ナナが、ナナが死ぬ訳がない」
「落ち着いて聞いてくれ」
「何で、ナナが。そんな訳がない」
「スー、落ち着いてくれ。そういう脚本だ。実際に死んだ訳ではない」
スーは安堵の溜息を漏らした。それから、アラカを睨む。
「何で、そんな紛らわしい言い方をしたの」
「すまない。だが、死に近い所にいるのは確かなんだ。ナナは今、昏睡状態にある」
スーは深呼吸をする。アラカの説明では状況が上手く飲み込めない。死んだなんて質の悪い冗談だ。しかし、アラカも少なからず混乱しており誰かの言葉をそのまま伝えているようである。それならば今は冷静になって話を聞くべきだろう。
「何があったの?」
「詳細は省くが、俺とナナは建物を監視していた。少年が建物に入って行くのが見えたからな。しかし、その時、俺たちは襲われた。ナナは頭を殴打され、倒れた。そして、続いて俺にも襲いかかってきた。俺は捕縛しようと試みたが失敗した」
「相当の手練れね」
「ああ」
アラカの言い方はどこか含みがあった。
「犯人に心当たりでもあるの?」
「ああ。と言うより顔を見た。あれはバンカの顔だった。それでナナも回避が遅れたようだった」
「バンカが何故? 動機が無い」
「ああ、俺もそう思う。だが、他人の空似、とも言い難い」
「私は、ずっと副議長様の護衛をしておりましたよ。宿で働いていらっしゃる方々が証言してくれる筈です」
バンカがやって来て言った。
「バンカが犯人だとは思っていない。だから、困っているんだ」
アラカが返事をする。
「おお、アラカたち」
ダンも現れた。
「ダン、どうしたの?」
スーが尋ねる。
「図書館にお呼ばれしている。行くぞ」
図書館に、食事会をしたメンバーが集まる。そして、本棚に囲まれた一角で席を囲んでいた。ただしナナと少年はいない。
「脚本家、説明をしてくれ」
陰鬱な面持ちで、司書官が言った。
「――そこの『兵士』にも先程、説明したが、今回の事件は『探偵旅団シリーズ』の脚本に沿って起こっている。事件は探偵旅団の本拠地の近辺で死体が発見されることから始まる。その死体役に、『悪魔』殿が選ばれたようだ」
「選ばれたってどういうことですか?」
スーが尋ねる。
「脚本はなまもの、そしていきものだ。実際にどう演じられるかは分からない。演者にとって都合の良かった『悪魔』殿が被害者に選ばれたのだろう。この脚本では殺人の動機は被害者の特性に依存しないからな。しかし演劇で本物の死者が出るとは驚きだが」
「死んでいません」
スーは食ってかかる。とは言え、ナナの姿を実際にはまだ見れていない。不安は募るばかりである。
「申し訳ありません、脚本家とはこのような存在なのです。脚本家は脚本を書くことで、数多の人々の人生を負うことになります。その為に、超然的であらねばならないのです」
司書官が説明する。
「先の話を聞きましょう」
副議長が話の続きを促した。
「『探偵旅団シリーズ』は先代の『脚本家』が書き上げた脚本だ。長らく演じるものがいなかったのだがようやく脚本に命が宿ったようだ。役が揃ったのだろう。『英雄』に『旅人』、この脚本では必須の役だ」
「犯人が誰かは分からないの?」
「それでは面白く無いだろう。犯人を探すことこそが探偵ものの醍醐味である」
スーは司書官をチラリと見る。今度は特にフォローをする素振りは見えない。スーはこの町の狂気を感じ取る。しかし、受け入れなければいけないのだろう。
「『探偵旅団』を呼んでいる。早速謎解きをしてもらうとしよう」
――脚本家が旅人と言った時点で気付くべきだった。本棚の影からナナが追跡していた筈の少年が現れた。旅人とは少年に与えられた役割である。そしてもう1人現れる。
完全に虚を突かれた。これは想像できる類のことでは無かった。もう1人をスーはよく知っている。漠都トトッリでの事件を引き起こした元凶、その少年であった。




