第62話「正体」
滞りなく話は進み、副議長と司書官は互いに同盟締結の意志を確認しあった。
「それでは、今晩、お泊まり頂く宿を案内致します」
司書官は言った。
「よろしくお願いします」
副議長は頷く。
司書官自らの先導によって、図書館に隣接する建物に案内される。小じんまりとしているが、手入れが行き届いていて、整然とした美しい建物であった。
「ようこそ、おいで下さいました。私がここの女将でございます」
中に入ると老婆が、恭しく礼をした。
「何かありましたら、女将に申し出て下さい。先程、申し上げた通り、夜には食事会を設けさせていただきました。それまで、旅の疲れをお取り下さい」
司書官は颯爽と帰って行った。司書官に追従して、脚本家と脚本家見習いも帰って行く。
脚本家は先程の談話には殆ど加わらなかった。見習いも同様である。時々、相槌を打つ程度であった。その代わり、時折、筆を走らせていた。
古都ラクヨウは劇によって成り立っている。劇が町を、そして人々の暮らしを構成する。そして、その劇の脚本を作る存在こそが、脚本家であるという。すなわち、脚本家の書く脚本が町のあり方を決める。そのような人物が今回の対談に加わっていた意味をナナは考える。
漠都トトッリの軍師と比べ、司書官からは熱意を感じなかった。同盟によって何かをなそうという気概は感じなかった。しかし、脚本家が同席していたということは、同盟に対して相当、注力しているということだろう。
宿の従業員がナナたちを部屋に案内する。副議長に対しては女将が自ら案内する。1人1部屋ずつ、ただしナナとスーは頼んで同じ部屋にしてもらう。
「お部屋は土足禁止ですので、お気をつけ下さい」
従業員はそう言うと去って行った。
「久しぶりにゆっくりできそうだね。この町はきな臭い所も無さそうだし」
副議長が用意された宿を受け入れていることからしてもそれは分かる。
「そうだね」
スーが脱力したような笑みを浮かべる。ナナは反射的にスーを抱きしめる。
「あー、久しぶり。スーのいい匂い」
「やめてよ、洗っていないんだから」
「スーは漂白されるでしょ」
スーは身体を洗わなくてもいつでも純白である。
「……ナナは漂白されない」
スーが意地悪気にそう言った。
「ひどい!」
ナナはスーからパッと身体を離す。そしてナナとスーは互いに顔を見合わせて、笑いあった。
「組合長にいつもの報告をしましょう」
スーは表情をまじめに戻す。その通りだ。これまで定期的に報告をしてきた。そろそろ次の報告をしなければならない。語るべきことはそう多くはない。しかし、重要なことだ。
報告の後、組合長が言った。
「……少年が使ったという魔術には心当たりがある」
「どういうことでしょう?」
耳飾りから聞こえてきた発言にナナは反応する。
「音と光の魔術、いや特徴からして雷の魔術と言い換えた方がいいだろう。その魔術を得意とした男を知っている。雷組と呼ばれる冒険者集団のリーダーだ」
「それが何の関係が?」
「雷の魔術は特異体質によるものだ。奴は蓄電体質だった」
話の帰結が見えてこない。
「雷組のメンバーは一度、死亡扱いになった。予定を過ぎても、冒険から帰って来なかったからな。しかし、非常に珍しいことだが、死亡が撤回された。メンバーの1人が保護されたからだ」
組合長は尚も話を続ける。
「彼女は恐慌状態だった。余程、恐ろしい目にあったのだろう。しかし、伝えねばならぬのはこの後のことだ。彼女は雷組のメンバーとしてそれなりの経験を積んできた。しかし、保護した時の彼女はーー」
ナナはようやく言いたいことが分かる。
「少女の姿になっていたんですね」
ナナは言った。
「その通りだ。そして少年が冒険者組合の冒険者なのだとすれば、組合が保護する必要がある」
「しかし、少年は記憶喪失だと主張しています」
スーが言った。
「ああ。取り敢えず、少年が冒険者組合の冒険者であるという想定のもとで動いてくれ。取り敢えずは、動向を窺うのだ」
ナナは1つ謎が解かれそうで、安心する。
こうして、報告を終えると、スーが両手を広げる。
「さっきは意地悪してごめんね」
スーが言った。ナナは再び、スーを抱きしめた。




