第58話「追放4」
「おお、勇者よ、勇者、どうか私をお許しください」
「ならぬ。お主は追放じゃ」
「哀れ、盗人ゴローは勇者の一味を追放されてしまったのでした。ゴローの運命は如何に――」
高らかに弦楽器がかき鳴らされる。観衆は拍手を送った。少年も同様に拍手を送る。
「面白いね」
『盗人物語』、それは手癖の悪いゴローが再起を図っていく物語である。ゴローの人間性は最低で、どこへ行っても癖で盗みを働いて、追い出されてしまう。それでもゴローは自分を変えたいという思いを捨て切れずに努力する。その人間臭さが、本作が評価されている理由である。
「楽しんでくれたかい? それは何よりだ」
盗人ゴロー、その役を演じた役者が話しかけてくる。いや、盗人本人と言った方がいいかもしれない。
「盗人なんて役割、嫌にならないの?」
「兄ちゃん、外から来たのかい?」
「ええ」
「そうか、ではこの感覚は伝わりにくいかもなあ。盗人というのは悪人じゃない。悪の心を持った善人だ」
「どういうこと?」
「ようは、難しい役柄ってことだ。それを演じるのは誉れだよ」
ゴローは快活に笑った。
――学問と芸術の都、古都ラクヨウ。ラクヨウは町全体が舞台となっていることで有名である。そして四六時中、演劇が行われている。
演者は寝ても、覚めても演技ばかりしているらしい。本当の自分を忘れてしまいそうだと、少年は思った。あるいは役がいつの間にか、自分自身になってしまうのではないか。
とは言え、それがこの町の人々の日常なのである。全ての人が何らかの役割を持っている。盗人、勇者、悪魔、令嬢、町人、料理人……
何とも奇妙な町である。人々は入れ替わり、立ち替わり演じ続ける。中には一生涯、家族を演じ続ける人々もいる。それは偽物の家族なのだろうか。それとも本当の家族なのだろうか。
この町で仲間を見つけられたら、本当の仲間になれるのだろうか。
少年は漠都での出会いを思い出す。彼とは仲間になれると思った。しかし、家族愛には敵わない。少年は少女の歌を聞いて悟ってしまった。兄と妹の間に自分が入っていくことは出来ない。少年は急に興醒めしてしまって、戦いを放り出して逃げた。あそこには望んでいるものは無かった。
「おーい、聞いているか?」
ゴローの声で我に帰る。
「何?」
「兄ちゃんの役は何なんだ? 町に入る時に貰っただろう」
「ああ、英雄だよ」
「おお、それは大した人物だな。盗人は敵わない。退散しよう。この町の滞在を楽しんでくれよ」
ゴローは身軽に去って行った。その身のこなしはまさに盗人である。しかし、ゴローは良い人であった。そしてこの町も奇妙ではあるが良い町である。
――今度こそ、仲間が見つかるかもしれない。少年は鼻歌混じりに町を歩いて行く。




