第56話「予定調和」
「ナナ、スー、帰ったか」
宿屋に戻るとダンが話しかけてきた。
「ええ、戻ってきました」
スーが答える。
「まずは、安心してくれ。無事、少年は見つかった。今は部屋で休んでいる。えらく憔悴していたからアラカに面倒をみてもらっているところだ」
そういえば、少年が行方不明になっていたのだった。すっかり忘れていた。
「見つかって良かった」
スーはやや大袈裟に安堵の声を漏らす。
「それで、ナナが、背負っている奴について聞いていいか?」
「一体、何を?」
ナナは言う。
「バンカ、だよな?」
「ええ、バンカです」
「気絶しているのか?」
「ええ、気絶しています」
「……まともに答える気は無さそうだな。まあ良い。出発の準備を整えておけよ。早晩には出るそうだ」
「分かりました」
ナナとスーは副議長の元へ向かう。早く休みたい。しかしもう少し頑張る必要がある。報告とそして情報共有。
「報告を聞かせてもらいましょう」
「分かりました」
スーは農刀や核について報告する。ナナはバンカを椅子にもたれかかせるように降ろす。
「――魔力の制御、それが理論の根本にあると言えるでしょう」
スーは入手した農刀の設計図を差し出す。
「素晴らしいですね」
副議長は呟く。
「副議長様はそれが欲しかったのですか?」
ナナは、尋ねる。
「……予想外の成果ですね。こんなものがもたらされるとは思ってもみませんでした」
ナナはスーをチラリと見る。スーはバンカの瞳孔、呼吸を確認すると小さく頷いた。バンカは確かに気絶している。今はチャンスかもしれない。
ナナは副議長に詰め寄る。
「正直にお答え下さい。伏せられている情報があると任務に支障がでます」
「必要な情報は必要な時に開示します」
ナナは副議長に指を突きつける。凶器は取り出さない。
「不信感は、軋轢を生みます。お答え下さい。あなたは未来予知が出来るのではないですか。そして思い通りの結果を導いている」
「……私の見据える未来は限り無く闇に近いです。しかし、時折、光が見えます。私には直感的にそれが自分の進むべき道だと理解出来ます。私はその道を選択しているのです」
「武器作成者を調べさせ、結果的に設計図を手に入れることが進むべき道だったのですか?」
「分かりません。道の終着点は見えませんから。しかし、設計図を手に入れたことが素晴らしい成果であったことは確かです」
ナナは副議長の言葉の真偽を判断出来ない。ただ、本当らしく聞こえる。
「では、何故、設計図を手に入れたと考えますか?」
「そうですね。これできっと弱点が補える為でしょう」
「弱点?」
「ええ、疑問に思ったことはありませんか? 何故、自分達が今回の任務に採用されたのか。バンカだけで十分ではないかと」
「あります」
「バンカは魔力を取り込み、貯蓄するという特殊な機能を有します。そして魔力を用いて魔術を行使するのです」
「一体何を。そんなことをしたら最悪死ぬかもしれない」
「バンカは特別なのです。しかし、魔力を用いることで魔術を行使している為、大規模な魔術を行使すると、暫く、魔術を使えなくなることがあります。北の生物兵器と遭遇した時は余力があったようですが、今回は全力だったようですね」
「随分、詳細に話しますね」
「今、必要な情報なのでしょう?」
確かに知りたかった情報を教えてもらっている。今、この瞬間は副議長に対して優位である筈なのにナナは全く、その実感が湧かなかった。
「魔力を取り込むのには相応の時間を有しますが、魔力を制御出来れば、その隙を補えるかもしれません」
副議長はポツリと呟く。ナナは理解する。今回の成果によってバンカは更に強くなるのだ。南都最強の魔術師バンカが。
「お話し下さりありがとうございます。無礼をお許しください」
「――十分に休息をとって下さい」
ナナの言葉には返事をせず副議長は言った。
「はい」
ナナとスーは自分達の部屋に戻る。そして眠りについた。




