第54話「歌、それは魔術」
バンカは、ナナと目線を合わせて、そしてパタリと倒れた。ナナは慌てて駆け寄る。
「少し、魔術を行使しすぎましたね。動けそうにもありません」
「何でそんなになるまで……」
副議長を守る為だったら分かる。しかし、今回は副議長は関係ない筈だ。それに降って来た空の化け物を倒した時だってここまで疲弊していなかった筈だ。
「同格との勝負でしたから」
バンカは倒れたまま呟く。それから眠るように気を失う。ナナはバンカを背負い込む。存外に軽かった。
ナナは次にスーと目が合う。
「ナナ!」
スーはナナが自分に気がついたことを認めると、ナナに近づいて来た。
「今回も無事で良かった」
ナナは安息の溜息を漏らす。
「歌のおかげだよ」
スーは言った。ナナはそう言われて、少女の方を見る。少女は少年と抱きしめ合っていた。探していた兄だろう。しかし、もう1人少年が存在していた筈だ。
「敵はどうなったの?」
「……消えた。逃げられたんだと思う。でも、おかげで一触即発の状態から脱却出来た」
「どうして逃げたの?」
「言葉を借りるのならば興醒めってことらしい。あの兄が歌が聞こえるって言い出した途端に戦う気が失せたようなの」
「だから、歌のおかげっていうことか」
「そういうこと」
「しかし、この場をどう収めようか」
ナナは倒れている軍師と武器製作者を見る。実際の所、バンカが救出した人々は地上に運ばれた途端にばたりと倒れた。警備たちの救出の準備は全てが無駄になった訳ではないようだった。病院に人々を運ぶ為に警護は忙しく動いている。
軍師と武器製作者もすぐに運びたいようだが、庶民の病院には運べないということで皮肉なことに後回しにされていた。勿論、すぐに病院で処置をしなくても命に別状は無いという判断があってこそだろうが。
「ふふ、音にやられているだけだよ。至近距離で爆音がしてさ。私は咄嗟に耳を塞いだけど、塞げなかった人たちは気絶した。そしていつの間にか敵は消滅していた」
スーが言った。
「取り敢えず、宿屋に戻ろうか。バンカがこうも堂々と出張って来ているってことはどうにかなる算段があるってことじゃないかな」
「そうだね」
ナナはもう一度、少女たちを見る。実に幸せそうだった。それで十分だった。後は自分達でどうにかするだろう。彼女たちは強かである。2人だったらどうとでもなる筈だ。
ナナたちが歩き始めると、背後からから声をかけられる。ナナは立ち止まった。
「どうも、ありがとう。ありがとう、本当に。ほら、お兄ちゃんも礼を言って」
「ああ、ミーを助け出しくれてありがとう。僕にはこの言葉しか言えない。ありがとう」
「ミー?」
「ああ、妹を救い出してくれてありがとう」
ナナはそういえば、少女の名前も知らなかったことに気がついた。ナナは何だか、可笑しな気持ちになって笑う。自分はずっと少女の歌の魔術に突き動かされていたのかもしれない。
「――また、歌を聞かせてね」
ナナたちは再び、歩き始める。途中で、雑団子の老人を見かけた。少女の兄探しに協力してくれた老人だ。王城へと向かっているようだ。兄妹が心配だったのだろう。
あの老人は――。まあ、いいや。疲れた。宿屋に戻ろう。今晩には都を発つ予定だ。それまで身体を休めたい。報告はしなければいけないけれども。




