第53話「魔術」
魔術とは何であるか。まず第一段階は、単に生物としての機能の延長である。地面を歩く、ものを掴む、その延長線上に魔術はある。音を静める、熱を生む、初歩的な魔術である。
続いて第二段階は、現象の模倣。河の流れ、太陽の光、そして魔力すなわち混沌なる力の模倣。魔力が引き起こす千差万別の現象を模倣することこそが魔術を魔術たらしめる。
そして、第三段階に創造がある。魔術師は魔術に夢を託す。陣、詠唱、そこに込められるのは強力な感情である。
歌は魔術であるとナナは思う。強い思いを秘めた歌は時として魔術の如く、人に影響を与える。今、自分を突き動かしているのは少女の歌った歌の魔術の影響なのだ。
王城に戻ってきた。行ったり来たりだったが、ようやく目的が達成出来そうである。そう思った矢先、王城が目前で静かに消滅した。
「そんな……」
ナナは呟いた。少女はナナに先行するように王城の跡地に駆けて行く。そこには大穴が空いていた。
「お兄ちゃん!」
少女が叫ぶ。ナナは下に人々が集まっているのを見つけた。誰がいるのかまでは分からない。そしてすぐに駆けつけることは出来なさそうだ。
「お兄ちゃん、私はここにいる」
少女は下にいるのが兄であると確信しているようだった。
「私の歌を聴いて、お兄ちゃん」
少女は澄み渡るような声で歌い始めた。これはたった1人に向けた歌だ。
冷静に考えれば滑稽なことだった。下に行く方法か、下にいる人々を救助する方法か、どちらかを本当は考えるべきだった。しかし、少女には思い付かなかったのだろう。
ナナは少女を止めなかった。
「スー、聞こえる?」
コツコツと指輪を小突く音が返ってくる。そして、周囲の会話。緊迫とした雰囲気であった。声を出せる状況にないのだろう。
ナナは下を見下ろす。スーもあそこにいるのだろうか。
「通じた」
少女が言った。
「通じた?」
ナナはそのまま聞き返す。
「歌が届いた」
ナナは耳飾りに耳を傾ける。音は聞こえたままになっている。詳しい会話は聞こえないが、どこか雰囲気が変わったように思える。本当に歌が届いたのだろうか。
その時、地下で光が発生した。そして爆音。耳飾りの先からも聞こえてきたため音が二重になる。やはり、スーは下にいる。
王城の警備の人たちがナナたちの所へやってきた。ナナは、先程、彼らが空中に浮いていたのを目撃していた。魔術師バンカの仕業だろうか。規格外の魔術である。バンカ以外にそんなことを出来る未知の存在がここにいるとは考えたくない。決してあり得ないことではないが。
「ここは危ないよ。離れていなさい」
1人が話しかけてくる。空中で浮くという体験をした後にしては冷静である。
「ここにいさせて下さい」
ナナが返事をする前に、少女が言った。話しかけてきた者は少女の真剣な表情をじっと見る。
「分かった。救助の邪魔にならないように少しだけ距離をとっていなさい」
「――分かった」
少女はこくりと頷く。
「縄梯子を用意しろ」
「深すぎる。途中で中継できそうなポイントを見つけてくれ。なければ掘削だ」
「まず、狼煙を地下に下ろせ。状況を確認する」
徐々に救出の準備が進められていく。彼らはこのような状況におけるプロなのだろう。しかし、それを無にするような出来事が間もなく起こった。
穴から熱波が立ち上って来た。そう認識した瞬間、地下から人々が持ち上げられて来た。そして全員、地面に下ろされる。
予想通りと安堵すればいいのだろうか。案の定、魔術師バンカがそこにはいた。




