第50話「砂漠の歌姫8」
「大丈夫だよ、ナナ」
耳飾りから声が聞こえてくる。
「良かった」
ナナは周りに憚ることなく嘆息を漏らす。しかし、周囲は騒ついているので不審がられることは無い。そして少女は耳が良いので今更だろう。一応、耳飾りは重要機密なので、秘密にしている程を貫いてきたけれども、少女は耳飾りの働きを勘付いているだろう。
「幸か不幸か、混乱に乗じて脱出がしやすくなりそう」
「ボクたちは屋敷の近くの市場にいる。今晩までに、少女のお兄ちゃんを探さなければならない。副議長の定めた期限」
「副議長に会ったの?」
スーが焦ったように言った。
「うん」
「全く、無茶しないで」
「……どうしても守りたかったから」
「私は、ナナのことを守りたい」
「ごめん、スー」
「もう、全くナナは」
ナナはスーを心配させたことを後悔した。
「私は引き続き脱出を目指す。広くて時間がかかりそう。それから、爆発についても報告しないとね。どうやら、これは爆発というより消滅といった方がいいみたい。光が発生した範囲のものは、何処かへと吹き飛んでいくように消える。一片の欠片も残さない」
「消滅か」
「そう、世界から跡形もなくね」
「魔術かな?」
「分からない。また、連絡するね」
ナナは連絡を終えた。少女はナナとスーの会話を意に関することなく大人しく待っていた。
「さて、何かお兄ちゃんの心当たりはある?」
「雑団子のおじいさん、何か知っているかも」
ナナは少女に案内されて付いていく。そこは市場の隅のテントだった。テントの生地は薄汚れているが妙に品質が良い。そして、テントの中にいる老人も身なりは良く無かったが、眼光は鋭かった。只者ではない。ナナは直感で理解する。
「ここのおじいさんは上から流れてくる残飯を捏ね合わせた団子を作り、売っているの」
少女はそう言うと、老人に尋ねる。
「私のお兄ちゃん見なかった?」
「ああ、あんたの兄なら早朝に見かけたよ。雑団子を買った後、何処かに行った」
「そっか」
少女は落胆した。
「元気だしな。雑団子を振る舞ってやろう。あんたの歌には元気付けられた。以前、市場で歌ってただろう」
老人は欠けた碗を取り出すと雑団子を入れた。
「ありがとう」
少女は雑団子をあっという間に平らげた。食べると元気になる、少女はその単純な事実を知っているのだろう。
「……伝手を使えば、あんたの兄を見つけられるかもしれん」
老人はテントの側にいた男を呼びつけると二言、三言囁いた。
「おじいさんがこんなに助けてくれるなんて思ってなかった」
「無償の善意では無いさ。それを与えられ無いことは知っている。だから歌を歌ってくれんか。情報を集めるのには時間がかかる」
「分かった」
少女が歌い始めた。周囲は相変わらず騒ついている。混乱の最中と言っても良かった。しかし、徐々に静けさが波紋のように広がっていく。
不思議な現象だった。少女が朗々と歌えば歌うほど、静けさは増していく。皆が一心に歌声に耳を傾けていた。砂漠の真ん中の町で、少女の声は遠くまで響き渡っていくようだった。
少女が歌い終わった後も、沈黙が続く。その時、老人が声を張り上げる。
「この子といつも一緒にいた少年、兄を見た者はいないか?」
「見かけない少年といるのを見たぞ」
「屋敷に向かって行くのを見た。そう言えば、そのすぐ後に光と爆音が発生したんだよな」
「ああ、俺はその後、スラムの方で見かけたぞ」
「なんで、こんなにみんな覚えているの?」
「あんたの歌は素晴らしいからな。皆、あんたのことを気に留めていたんだよ。与えることは出来ないが見守ることは出来る」
情報が集まってくる。しかし、残念ながら喜ばしいものでは無かった。
「あんたの兄は、一連の爆破の事件に巻き込まれているようだな。あんたの兄と一緒にいる謎の少年、そいつが犯人だろう」
老人が言った。先程、老人が耳打ちした男が戻ってくる。老人に向かって何かを囁く。
「あんたの兄は、今、王城にいるようだ」
「どうも、ありがとう」
「何、出来ることをしたまでだ。少々、大胆にやり過ぎた気もするが」
ナナたちは再び、王城へと向かう。
「スー、聞こえる?」
間があって返事が返ってくる。
「どうしたの?」
「王城に少女のお兄ちゃんがいるみたい」
「了解。じゃあ、ナナたちが侵入出来るように――」
スーが言いかけて口を閉ざす。反響する叫び声が聞こえる。
「お兄ちゃんの声がした。それの向こう」
突然、少女が言った。今まで、聞こえないふりをしていたが流石に口を閉ざしていられなかったのだろう。
「スー、多分、御目当ての人物だ。それに加えて爆発騒動の犯人も一緒にいる可能性がある」
「うん、そうみたいだね」
ナナはスーがどの言葉に対して同意したのか一瞬、分からなかった。
「ヤバい奴がいる」
スーは一言、そう言った。




