第45話「砂漠の歌姫6」
スーは王城を指差したまま高らかに宣言した。
「罠の可能性は?」
「可能性は低いと思う。屋敷の主人が偽物の情報をわざわざ隠しておく程、思慮深いとは思わないしね」
ナナは頷く。思慮深い人間なら、屋敷はあんな警備にならないだろう。侵入を防ぐ、あるいは侵入を防いでいると思わせて誘い込むにしてもあまりにお粗末だった。かなりの人員を配置しておきながらそれを生かしきれていない。それならば、何もしない方がマシだ。何もしていなければ自然と気配に敏感になる。
「そういえば、武器製作者は屋敷にいたのかな?」
「いえ、多分、今も城の地下ね。手紙を見つけたのだけれど、どうやら農刀はまだ試作段階みたいなの。だから、急いで完成させるようにと命令されているみたい」
「……同盟の影響か」
「でも、そもそも何でそんなに戦争をしたがっているんだろうね」
スーは呟いた。
「よし、兎に角、城に行こう。あなたにも、もう少し付き合ってもらう。――有用な能力は活用したい」
少女の耳の良さは使える。勿論、庶民を連れ回すというデメリットはあるが、少女は脱出の段階で実に素直に従ってくれた。素直ならば、益の方が大きい。そして、それ以上に今、少女を放置するのは気分が良くなかった。任務と並行になってしまうが少女の兄を見つけるまで付き合いたい、ナナはそう思っていた。
「有用な能力?」
スーが尋ねた。
「歌、それから耳が良いの」
少女が言った。
ナナたちは城に向かった。城の周囲には警備の人物がいる。手に灯りを持ち、定期的に辺りを照らしつつ、ひたすら愚直に辺りに気を配っていた。近づいたらすぐにバレそうだ。そして更に、城は蠢く砂の堀に囲まれていた。
「河から砂を引いているのか」
スーが言う。
「難攻不落、とは言わないけどこれの攻略には時間がかかりそうだ」
「――あの地下に行きたいのでしょう?」
「ああ、うん」
ナナは返事をする。
「あの、砂の流れ、時々だけれど地下に繋がっているみたい」
「詳しく聞かせて」
スーが、興味をもったように尋ねる。
「流れに耳を澄ませていると、時々、地中へと真っ直ぐ伸びていく砂の流れがあるの。河と違って砂の流れが複雑だからすぐに消えちゃうけど」
「それで地下に行ける?」
「うん。地下、空洞にちゃんと繋がっているよ」
「ならば、それで行こう。ナナは気を引いて。その隙にこの子と私が堀に接近する。そして、この子の合図で私が堀に潜る。そしてナナはこの子を保護して私が戻ってくるのを待って」
ナナはスーの指示を最後まで聞いた。その上で反対意見を述べる。
「ちょっと待ってよ。1人で行くなんて駄目だよ。それにどうやって戻ってくるのさ」
「ナナ、私たちは案外時間がないんだよ。ずっとこの町に滞在している訳にもいかないし」
副議長が、ということだろう。確かに、理由もなくこの町に居続けることは出来ない。
「短期決戦で結果を出すにはこれが良いと思うの」
「……そもそも地下に行く方法が信用出来ない」
「ナナが有用な能力って言ったんでしょ。ナナが信じたこの子の言うことは信頼できる、そうでしょ?」
少女の耳の良さは尋常ではない。少女が言うのならば間違いは無いのだろう。嘘をつくメリットは無い。むしろ、恩を売り込んでやる、そういう意気込みすら感じ取れた。スーが耳を触った。そこには耳飾りが付いている。
「大丈夫、私たちはいつでも通じ合える」
「分かった。無事でいてね」
ナナは決心するとそう返事をした。
事前に話し合った通りにことは進む。まず誘導。〈ミミナリ〉で音を発生させる程度では駄目だろう。思わず、その場を離れたくなる程の尋常ではない事態を演出しなければならない。しかし、他の見張りは引き寄せてはならない。
――逆転の発想だ。ナナは〈シズカ〉によって空間に無音を発生させた。風のそよぎですら感じられなくなる。見張りは段々と不安が募っていったようで、挙動不審になり始める。これは何らかの攻撃なのか、意図は何なのか。分からないことは恐ろしい。そして普段、音によって情報を得ている人間は無音に対して過剰に不安になる。
普段は、何があっても持ち場を離れない見張りなのだろう。しかし、そろそろと異常を確認するようにその場を離れると視線をあちこちに向ける。あえて、〈シズカ〉の効き目に差をつけている。つまり、段々と音が聞こえてくる方向がある。見張りは無意識にその道筋を辿っていった。
スーと少女が堀に近づいていくのを確認する。そしてスーはあっという間に堀に飛び込んだ。スーの身体は飲み込まれるように砂中に沈んでいった。ナナは少女を回収するとその場を離れる。魔術も解除した。見張りは首を捻りながら、戻ってくる。
助けを呼んで、警備網を乱させる程のことでも無い。見張りはもどかしさを感じながらも何も出来ずにいた。
「侵入成功。地下空間に放り出されそうになってびっくりしたけどね」
耳飾りから声が聞こえてくる。ナナは表情を変えないようにする。
「また、連絡するね」
スーは連絡を手短に終えた。ナナと少女は城を離れると町の路地裏に待機する。
「……実を言うと、お兄ちゃんとはたった数日離れ離れになっただけなの。でも、もう一生会えないと思ってた」
少女がポツリと言う。
「時間は関係ないでしょ」
「うん」
「すぐに会えるよ。余計なことに巻き込んでいるボクが言うのもおかしいけれど」
「……あなたは助けてくれた」
「そうだね」
ナナと少女はポツリ、ポツリと語り合った。
「ねえ、歌っていい?」
「小声なら」
少女は歌い始めた。音量は大きくない。それでも、朗々とナナの心に響いた。




