第43話「砂漠の歌姫4」
ナナは扉の前に立ち止まる。歌声が止まった。
「誰かいるの?」
ナナは事態が飲み込めない。少女が扉へと近づいて来ているのが分かった。ナナは音を決していた筈だ。どうして気づかれたのか分からない。
「あなたは誰?」
少女が問いかけてくる。ナナは逡巡する。今、扉を隔ててすぐ近くに少女がいる。
「ボクは……」
「答えなくていいよ。悪い人じゃ無さそうだし」
「どうしてそんなことが?」
「私、耳が良いの。私の耳はいろいろなものを捉えることが出来る。あなたの心臓の鼓動はとても優しい」
ナナは心臓に手を当てる。掌で鼓動を感じる。この鼓動を感じ取れる者に対して隠密など意味は無いだろう。この少女が自分を敵認定しなくて良かったと、ナナは胸を撫で下ろした。
「あなたに、兄への言伝を頼みたいの」
「――自分で伝えたらいい。ボクに出来ることはない」
ナナはなるべく素っ気なく聞こえるように返事をする。
「それが無理なの。扉には鍵がかかっているから」
ナナは身震いする。ナナは少女の部屋を少女を守る揺籠に見立てていた。外部からの害を守る。しかし、実態は違った。部屋は少女を幽閉する鳥籠だ。内側からも鍵が開けられ無いとは思わなかった。そんなことは考えないようにしていた。少女を救うことは今回の任務ではない。
「お兄ちゃんは私のこと好きだからさ、きっと今頃悪い夢にでもうなされていると思うの。そして朝起きたら自分が寝てしまっていたことにさえ罪悪感を持ってしまう」
「自分で伝えなよ」
「……無理言ってごめんなさい」
「違う。ボクがあなたをここから救い出す。扉から離れて」
ナナは少女が扉から離れたことを確認すると、扉に勢いよくぶつかる。十分な速度と質量を受けた扉はこじ開けられる。
「見張りが来る!」
少女が囁いた。ナナは静かに扉を閉める。
「ベッドの下に隠れて」
少女はナナの言葉に従う。間もなく、見張りが部屋へと近づいて来る。出来ることならば、見張りが扉の鍵が壊れていることに気が付かなければいい。しかし、もし気が付かれたら始末しなければいけなくなる。
これは本来、誰にも姿を見られてはいけない任務なのだ。見られた時は自分が死ぬ時だ。副議長は迅速に犯罪者を引き渡し、自分は処刑される。おそらく漠都が犯人の特定に至っていなくても副議長は少しでも自身が、南都が不利益を被る可能性が生まれた時点でそのように対処することだろう。
それならば、何故少女を生かしているのか。ナナは矛盾に気が付きながらも扉を注視し続ける。
「何だ、これは?」
無造作に扉が開けられた。自分が強者であるという自覚故だろう。ナナは迷いなく見張りに接近すると、首をへし折った。ナナは戦闘のプロではない。ナナは、冒険者組合エージェントというものは一つに殺しのプロである。
ナナは遺体を部屋に引き入れる。
「殺したの?」
少女がベッドの下から出て来る。
「うん。怖い?」
「……これまでにも死体は見て来たから」
少女はこともなげに言った。案外、強かである。いや、そうあらねばならなかったのだろう。自分は今、利用されているのだ。ナナはそう思う。孤独な少女は兄に会うためにはきっと何だってする。ナナは嘆息する。
「行こう」
ナナは、少女に声をかけた。少女はナナの手を握った。まるで突然、降り注いだ幸運が離れていかないように握りしてめているようだった。




