第42話「砂漠の歌姫3」
ナナとスーは屋敷に到着した。都の外れにある屋敷まではそれなりに距離があった。迎賓館や宿屋などがある都の中心部と比べ、この辺りは大分、荒んでいる。
その中で、物々しい屋敷は周囲から浮いて見えた。2階建ての屋敷は古いものを改装したのだろうか。大変趣があった。そして、屋敷は高い塀と鉄柵で厳重に囲まれている。門も閉ざされていた。
「ナナ、ここ、塀が脆くなっている」
スーが囁く。
「壊せそう?」
「うん。ナナ、〈シズカ〉をお願い」
ナナは〈シズカ〉を行使する。スーは塀に〈火矢〉と〈水矢〉を交互に打ち込んだ。塀が脆くなって一部が崩れる。ナナとスーは塀に空いた穴から素早く敷地内に入り込んだ。
敷地内は草地になっており、池と小川も造成されていた。
「手間がかかっている庭だね」
スーが言った。ナナは自身とスーの足音を消すと屋敷に近づいて行く。玄関口には見張りが立てられているようだった。おそらく、屋敷内にも数人が巡回していることだろう。
屋敷内の灯りは消されていたが、見張りが携帯していると思われる灯りが時々、窓をほのかに照らすのが見える。
慎重に屋敷との距離を詰めていくと、不意に地面から何かが立ち現れた。草地に紛れて何かが近づいていた。
「ナナ、下がって」
スーがナナを庇うように前に出る。スーの腕に何かが絡みついた。
「スー!」
「大丈夫。唯の毒蛇だよ。庭には見張りを置いていないと思ったらこんな趣味の悪い見張りを置いていたなんてね」
スーは腕に噛み付く蛇の頭を掴むと落ち着いて引き離す。そしてもう片方の手でナイフを取り出すと頭を貫いた。ナナは地面に気を配る。他に蛇はいないようだった。
「私の方に襲って来てくれて良かった」
辺りは暗いがナナはスーが微笑んだのが分かった。蛇の毒は排斥され、スーは少しずつ漂白されていく。漂白体質であるスーは毒によって深刻な被害を受ける前に毒を排斥することが出来る。
すべての毒を排斥するには時間がかかるが、スーの漂白体質と拮抗して毒の作用機序は正常に働かない為、スーは毒に対して高い耐性を持っていた。
「大丈夫、痺れとかない?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
ナナとスーは見張りがいないことを確認すると窓から屋敷に侵入した。
「二手に分かれよう。私は1階、ナナは2階」
ナナは頷くと、屋敷の探索を始めた。慎重に厳重の注意を払う。見張りの身のこなしを見れば、相当の手練れであることが分かる。
ただ、彼らはおそらく戦闘のプロであって、見張りのプロではないのだろう。盗人相手ならば、それで十分だろうがナナたちもプロである。冒険者組合エージェント、侵入はお手のものである。とは言え、油断は出来ない。いつだって不測の事態は起こり得た。
ナナは足を止める。2階の廊下、階段から離れたこの通りの部屋は迎賓館で余興を披露した者たちの部屋のようだ。鍵がかかっているが、重厚な扉の隙間から覗くと、それなりに立派な部屋であることが分かる。手足を伸ばしても十分なスペースのあるベッドがあり、備え付けの椅子と机も用意されている。演者たちの余興は歌や踊りは見事だった。――ここの屋敷の主は才能ある者には、対価を与えるのだ。
ナナは武器製作者の人間像を思い描く。そして、才能無い者にはどこまでも冷酷になるのだろう。
ナナは誰かに呼び止められた気がして、足を止める。警戒の度合いを一気に上げる。
「……違う、歌だ」
誰に向けた歌なのだろう。それは少女の歌声だった。




