第40話「談話」
余興が終わり、ナナたちは部屋に案内される。副議長はソファに腰掛ける。ナナたちはその後ろに整列して待機する。ナナたちは歓待を受ける為にこの町を訪れた訳ではない。六都同盟、その締結に向けた下準備は既に始まっていた。
「すみません、お待たせしました」
しばらくして、軍師が悠然と部屋に入ってくる。後ろには5人の男を従えている。彼らはカーキ色の制服に身を包んでいた。白くゆったりとした衣装を身に纏う軍師とは対照的に、かっちりとした着こなしである。
軍師は副議長の向かい側に座り、5人の男たちはナナと向き合うように立つ。肥満体型の軍師と向き合うと副議長はひどく小柄に見えたが、それでも漂わせる雰囲気は負けていなかった。
「それでは、忌憚なく意見を交わし合いましょう」
「ええ、よろしくお願いいたします」
軍師と副議長は握手を交わす。
「では単刀直入に聞きましょう。六都同盟締結の意思は変わりなくお持ちですか?」
副議長が尋ねた。
「勿論です。この同盟が大いなる融和の一歩となるでしょう」
「そうですか。私も同盟が無事締結されることを祈っております」
これは挨拶のようなものだ。
「――ただ、現在想定されている同盟内容では甘いと考えております」
空気がピリッとした。
「と、言いますと?」
副議長が言葉を促す。
「現在、想定されているのは防衛の為の同盟です。しかし、果たしてそれで十分でしょうか? 我々は、脅威を徹底的に排除すべきだ」
副議長は黙って聞いている。
「戦争の為の同盟、私はそれを提案します」
「……リスクが大きすぎます。決定的な対立を招きかねません」
「今更でしょう。既に何度も兵器が差し向けられているのにこれ以上、何を恐れる必要がありますでしょうか?」
確かに、既に何度も危機に晒されているのにただ防衛するだけというのは奇妙に思える。しかし、どうであろうと今が平和であることには違いなかった。その平和を守る為に努力しなければならない。
「私はいつだって恐れています。見えない未来は恐ろしいでしょう?」
それは軍師に言った言葉である筈だ。しかし、何故かナナは自身に話しかけられたような錯覚を覚えた。見えない未来、それは大抵の者にとって恐ろしいものであることは間違いない。しかし、副議長にとっても本当にそうなのだろうか。
「――分かりました。これは実際に同盟締結の交渉の場で申し上げようと思っていましたが今ここで申し上げましょう。切り札がございます」
「切り札ですか」
「ええ、新型の武器です。作成者を呼びましょう」
軍師が合図をすると1人の男が部屋に入ってきた。ガリガリに痩せ細っているのに瞳は脂ぎったようにギラギラとしていた。
「どうも、先程の余興は楽しんで頂けましたか?」
「ああ、実は先程の余興は彼が用意したものなのです」
「ええ、存分に楽しみました」
「それは良かったです。では、説明いたしましょう」
男は懐から刀のようなものを無造作に取り出した。
「農刀と名付けました。才能の無い農夫でも扱うことの出来る武器です」
「どのような武器なのですか?」
「簡単に言えば、何でも斬れる刀です。いや、斬れるというより穿つといった方がいいでしょうか」
男は武器、農刀を愛おしそうに指でなぞる。
「農刀を振るうことで圧縮された魔力が打ち出されます。そして、刀を振るった軌道とその延長線上にあるものを破壊します」
「魔力を軍事利用したのですか?」
副議長が尋ねた。
「ええ、これで魔術や武芸の才能が大してない者でも一騎当千の戦力になり得るのです。役に立たない者が再利用されるのです。実に素晴らしいことではありませんか」
「熱くなり過ぎだ。落ち着け」
軍師が男を諌める。
「申し訳ありません。しかし農刀があれば、漠都の軍は最強になれるでしょう」
男は部屋を退出していった。
「お分かりいただけましたか。我々には既に手段があります。つまり宣戦布告の準備はもう出来ているのです」
「……あなたの意思はよくよく理解いたしました。また、同盟締結の場でお会いいたしましょう」
「おお、ご理解いただけましたか」
副議長が立ち上がった。軍師も慌てて立ち上がる。
「副議長殿、宿泊の部屋を用意しております」
「いや、いいです。既に宿はとっておりますから」
「えっ」
副議長のとった態度はかなり失礼なものだった。そして破天荒である。これは明らかに拒絶である。下手をすれば、外交問題にも発展しかねない。
「漠都は素晴らしい町です。折角の機会ですので町の様子をよく見れる宿に泊まりたいと思います」
「そうですか……」
軍師は何も言い返せなかった。軍師は5人の男を連れ立って副議長を見送った。
ナナたちは副議長に付いて宿屋に戻った。




