第39話「砂漠の歌姫1」
「どうぞ、お召し上がり下さい」
「……どうも、ありがとうございます」
ここは漠都トトッリの迎賓館である。柱、壁、天井、細部に至るまで精緻なレリーフが施されていて大変美しい建物であった。
ナナたちは客として迎賓館に招かれ、ご馳走を振る舞われていた。テーブルには所狭しと皿が置かれて、少し眩暈がしてくる。そして、多くの人が集まり、大いに盛り上がっている。これが漠都流のもてなし方なのだろう。
ナナは食事をとりながら考える。副議長は未来予知が出来るかもしれない。しかし、直接確認することは出来ずにいた。狼が盗賊団を追い払ってから数日、一同は何事もなく旅をした。そしてすんなりと漠都に到着した。これは運の良いことである。凶暴な獣に遭遇する可能性もあった。
「美味しいな。少年にも食べさせてやりたかった」
ダンが舌鼓を打って、言った。残念ながら、正体不明の少年は迎賓館に入ることを認められなかった。仕方なく、少年は宿屋に預けた。少年は何をしているだろうか。宿屋の周辺は治安が良い。町を散策してもいいとダンが伝えていたがどうしているだろう。
ここで、保護の委託先が見つかれば、少年とは別れることになるが、――どうにもこの町は良くない気配がする。
「皆様方、お食事を楽しんでいらっしゃるようで何よりです」
やや肥満気味の男が話しかけてくる。その身体には威圧感があった。
「軍師殿、本日はお招き頂きましてまことにありがとうございます」
副議長は席を立つと深くお辞儀をした。ナナたちもそれに倣う。
「今は堅苦しいことは良しましょう。この後は余興も行います。どうぞ、楽しんでいって下さい」
「お気遣いどうもありがとうございます」
ごく普通の会話であった筈だ。しかし、軍師の言葉はどこか纏わりついてくるような気持ち悪さがあった。相容れない。ナナはそう感じた。軍師の予告通り、余興は始まった。歌、踊り、次々と余興が披露されていく。
「続いては、類稀なる美声を持つ少女の歌でございます」
高らかな宣言と共に少女が現れた。浅黒い肌、小ぶりな唇の美しい少女だった。小柄で華奢な印象を受ける。歳は12、3歳だろうが、それ以上にも幼く見えた。
その歌声は今にも砕け散ってしまいそうだった。それでいて、いつまでも切なく、音は伸びやかに紡がれていく。ナナは歌声に飲み込まれてしまったような感覚を覚えた。歌が終わると一瞬の静寂の後に辺りからは少女を称賛するような声が自然と漏れ出てくる。
ナナは少女の顔を見る。喜ぶような表情は一切浮かべていない。無表情であった。いや、無表情の奥に何かある。それはナナがよく知っている感情だった。孤独、少女は孤独の只中にいた。ナナは少女に声をかけようとした。しかし、少女は去っていった。
「ナナ、どうかしたの?」
スーが話しかけてきた。
「……漠都トトッリは病んでいる」
「そうかもね。でも、私たちが手を出すことじゃない」
「うん、そうだね」
人々の為にあること、それが冒険者組合の理念、あるいは建前である。実際にはナナは身の回りの人々、仲間を守るだけで精一杯であった。他の都の問題に迂闊に手を出すことは出来ない。ナナは少女のことを忘れるように努めた。




