第38話「追放3」
「お前は要らないな」
冷酷な声が脳内で響き渡る。少年は目を覚ます。嫌な夢を見た。いや、ずっと悪夢を見ているようだ。
漠都トトッリ、その外れの寂れた区域に少年は住んでいた。少年は外に目をやる。桃色の砂原は月明かりでキラキラと輝いている。
「ミー……」
少年は呟く。
たった1人の肉親、少年の妹。ミーは今や、少年の手の届かぬ所へ行ってしまった。少年は一昨日のことを回想する。仕事を求めて、少年と妹はお屋敷へと向かった。皿洗いでもなんでもしますと頼み込みに行くためだった。
それにミーには歌があった。お屋敷の人々は娯楽に飢えているらしい。私の歌ならお屋敷の人たちも満足させられる、妹はそう言って少年に笑いかけていた。自分の頼りなさには情けなく思うも、少年は妹の美しい歌声を誇りに思っていたし、きっと何もかも上手くいくと思っていた。
上手く行き過ぎてしまった。妹の歌声はいたく気に入られた。妹はお屋敷に買われた。少年は金を掴まされ、屋敷から追い出された。姫を連れ去ってしまう悪党。少年は御伽噺を連想する。しかし、姫を救い出してくれる英雄はいなかった。
お屋敷の主人、そいつは小者に過ぎなかった筈だ。しかし、上の者から武器製造の技術を買われたとかで、今は漠都内で幅を利かせている。悪が蔓延る世の中なんて間違っている。しかし、上がその状態を認めているのだ。少年にはどうしようも無かった。
空は白み始めていた。憎たらしいことに絶望に打ちのめされていても腹は減る。少年はポケットに手を突っ込む。そこには金が入っている。妹を売って手に入れたお金だ。悍ましい金だ。しかし、腹を満たさなければ妹を取り返す手段も思いつかない。
少年は市場に向かった。市場では早朝から人々が騒然と蠢く。どこかねっとりとした熱気があった。少年は市場の隅にテントを張る老人の元へ向かった。
「雑団子1つ」
「ああ、あんた運が良いな。実入りが良くてな、今日の雑団子は肉多め、野菜多めで栄養価が高いぞ。何でも、南都から要人が訪れているらしくてな、流れてくる残飯も豪華だ」
「そう」
少年は自前の腕を差し出すと、色々、ごちゃ混ぜになった雑団子を受け取る。確かにいつもより美味しそうかもしれない。
――妹はきっと豪華な食事にありつけている筈だ。取り返そうと思うのはもしかして愚かな考えなのでは無いだろうか。少年はそんなことを考える。でも、ずっと2人で生きて来たのだ。何が何やら分からぬままに屋敷から追い出されて、それが妹との永遠の別れになってしまうなんて嫌だ。
少年は市場から離れると雑団子を頬張る。もう一度だけでも妹に会いたい。
「孤独そうだね」
少年が驚いて振り向くと、大柄な少年が立っていた。いや、自分が小さ過ぎるだけかもしれない。何せ、碌に食べれていない。
「この町に着いたばかりなんだけど、何だか、暇でね、あちこちを回っているんだ」
少年は尚も話しかけてくる。
「何の用?」
「仲間を探しているんだ、本当の仲間を。孤独を理解してくれる仲間を」
「そう」
「君、僕の仲間にならない?」
「外から来た人? こんな所にいないでもっと綺麗な所へ行ったら?」
少年は何を話されているのかいまいち理解出来ず、そう返事をした。
「そうだ、助けてあげるよ。何か困りごとのようだから。仲間は助け合うものだ」
人の話を聞かない奴だ。少年は少しムッとする。
「僕は妹を救いたい。でも、外から来た人に何とか出来ることじゃないだろう」
「妹を救う、いいね。僕にも何か出来ることがあるかもしれない」
「ふざけるなよ。適当なことを言うな」
「適当なんかじゃ無い。僕はすごい奴だからね」
少年は心底胡散臭さを感じた。それでもこれは一縷の望みかもしれない。
「そんなに言うなら手伝ってくれ」
「手伝ってくれなんて水臭い。僕たち仲間じゃないか」
いつの間に仲間になったんだ。そう思いつつも少年は頷いた。




