第36話「真実と虚構の砂漠3」
狼は先頭を歩いていく。
「遠吠えの方向に向かっているな」
アラカが言った。断続的に響く遠吠えは段々と大きくなっていく。そして狼は足を止める。そこには1匹の狼がいた。今、案内してくれた狼より一回り小さい。どうやら遠吠えの主はこの狼だったようだ。
「脚を怪我している」
アラカはいち早く気がつく。言われてナナも気がついた。毅然と立っていたから気が付かなかった。遠吠えをしていた狼は左の後ろ脚から血を流していた。
「助けて欲しいんじゃないかな」
少年が言う。確かにここまで案内してくれた狼は嘆願するようにこちらを見ていた。
「治療をしてやってくれないか?」
馬車から降りて様子を見ていると副議長が言った。
「分かりました」
スーがいち早く反応する。
「ナナ、アルコールと包帯を持ってきて」
スーは躊躇いなく狼に近づく。ナナはそれに連れ立っていく。
「じっとしていてね」
スーの表情は優しかった。スーは冒険者組合エージェントである。そして、任務のためにはどこまでも非情になれる。それでもスーの本質は優しい少女だとナナは思っていた。
狼は身震いもすることなくじっとしていた。スーは傷口を清潔にすると包帯を巻いた。狼は一際、大きく遠吠えをした。それは礼を述べているようだった。そして2匹の狼は去っていった。
「元気になってね」
スーが呟いた。後は狼の自然治癒力に期待するしかない。
「行きましょう」
副議長は何事も無かったかのように言った。ナナたちが馬車に戻ると再び馬車は発進する。
砂漠は嘘をつく。これは比喩である。実際にはそれは現象に過ぎない。それは人を惑わす虚構だ。しかし砂漠にはもしかしたら意志があるのではないか、そう主張する冒険者は多い。実際、砂漠の嘘に付随して因果めいた出来事がよく起こる。モモ砂漠は狼を救うために嘘をついたようにも感じられる。それが偶然か必然かナナには判断出来なかった。
馬車は進みながら、静かな夜が過ぎて行く。異常も発生していない。
河のすぐそばを差し掛かった。砂は複雑な流れを作っている。水のないこの河は地中にも張り巡らされ、モモ砂漠中を循環していると言う。漠都トトッリの人々はその流れを熟知して、上手く活用しているらしい。
ナナが河を眺めていると人が飛び出してきた。つまり地下から地上へと向かう流れに乗ってきたということだ。彼らは顔全体を覆うマスクをしていて背中には何やら背負っていた。一団は、馬車の前に立ちはだかる。
「止まりな。そして速やかに金品を出せ」
一難去ってまた一難。なかなか平穏は訪れることは無いようだった。つまりは河から出現した彼らは盗賊団であった。




