第35話「真実と虚構の砂漠2」
モモ砂漠は魔力で満ち満ちている。魔力とは時として人を惑わす混沌の力である。魔力はあらゆる場所に普遍的に存在しているが、モモ砂漠では特別に濃い魔力が存在していると言われていた。ナナはこれが正確な解釈かは知らない。しかし、一般的にはそう理解されていた。
そして、モモ砂漠に満ちる濃い魔力は、現実を歪ませる。冒険者は見えない迷宮に迷い込むことになる。
「落ち着こう。落ち着いて待つんだ」
ダンが言った。今は、一面を吹雪で覆われているようなものだ。焦らずに異常が解消されるのを待つのが肝心である。
ただ、問題は吹雪とは異なり、異常事態を察知出来ないことも多いことだ。今が異常なのか通常なのか極めて分かりにくい。
皆が馬車から降りてきていた。ナナはダンに周囲の警戒を任せるとバンカに話しかける。
「あなたの魔術で何とか出来ないんですか?」
「今は何も出来ることはありません」
「何もする必要がないでしょう。待てばいいだけの話です」
横から副議長が言った。
「そうですか」
ナナは曖昧に返事をした。副議長の言葉通り、ナナ達は佇む。変化は無い。狼の声が定期的に聞こえる。ナナは副議長を見る。副議長は平然としていた。次に少年を見る。不安そうな表情を浮かべている。「待ち」がこう言った状況における原則である。だが、現状、もう少し情報を収集しても良いだろう。何が起こっているのか、それを明らかにしたい。
「……少し周囲の様子を見てきてもいいでしょうか」
ナナの提案を副議長は否定しない。そこで、ナナはまず、馬の鼻面が向く方へと歩いていく。真っすぐと。慎重に歩を進めていく。異常は感じられなかった。しかし、暫く進んでいくと馬の尻が見えて来た。
「ナナ!」
スーがナナに気づき手を振る。ナナも手を振り返す。次にナナは、今のコースと直角に交わるように歩いて行く。またもや反対側から戻ってくる。
「単なる幻聴では無いようだな」
アラカが呟く。
「成程、ループさせられている訳だ」
ダンが言った。或いは五感全体に作用する幻覚か。それから間を置いて、スー、ダン、アラカがナナと同じように歩いてみたが、相変わらず、異常状態が継続しいることが確認された。
「埒が開かないな。このまま待ち続けて本当にいいものか」
ダンが言ったその時、タイミングを見計らったように巨大な狼が現れる。ナナたちは一気に臨戦態勢に入るが狼は攻撃してくる様子がない。こちらをじっと観察している。灰色の毛並みの美しい狼だった。そして知性を感じさせる瞳。
「もしかしてドゥーの仕業ですか?」
ナナは尋ねるが返事はない。狼はナナたちから少し離れるとナナたちをチラリと見る。そしてまた離れて見るをちょっとずつ繰り返した。
「付いて来いって言ってるみたい」
少年が言った。まさにその通りであるように思われる。
「……付いて行きましょう」
「今何と?」
「あの狼に付いて行ってみましょうと言ったのです」
副議長のまさかの発言にダンは動揺する。今、現在差し迫った危険もないのに、怪しい所、罠の可能性すらある所へ飛び込んでいくのは愚か者がすることである。しかし、それが副議長の言葉であるのならば逆らうことは出来なかった。命令は遵守しなければならない。ナナたちは馬車に乗ると狼を追跡していく。




