第330話「信仰と虚実の砂漠6」
「……成程、大体事情は理解出来ました」
獣の耳の少女は言った。ナナ達と獣の耳の少女はそれぞれの事情を共有し合った。勿論、話せる範囲で。しかし、出来る限りのことは話したつもりだ。
スプリングフィールドは実直な態度で自分達は調査に来たことを語った。そして、調査がその実、侵略的側面を持ちうることも。獣の耳の少女は淡々としていた。誰が来て、何をしようがあまり興味が無いようだった。
対して、獣の耳の少女は皇女が亡くなった後のことを語った。やはり、落下によって死亡していたようだ。そして、少女は奔走の果てに、この砂漠まで辿り着いたようだ。そして、その放浪の暮らしぶり故に、世の情勢とは隔絶しているという。だから、話せることは何もないと言った。これは、シックスに対しての言葉だろう。それを察してかシックスが言った。
「答えを求めているなどと妙なことを口走ってしまい申し訳ありません。気が急いていたようです。ことを単純化しようとしたのですが余計に混乱させてしまいました」
「こちらこそ、答えを提供出来ずに申し訳ありません」
「いえ、答えはもう――」
「さて、では、案内しましょうか」
獣の耳の少女が何気ない口調で言う。
「案内?」
ナナは獣の耳の少女の突然の提案に首を傾げる。
「あれ、このピリピリの元を追っているという話でしたよね?」
獣の耳の少女は言う。
「ええ、そのピリピリをボク達は感知出来ていませんが」
「私ならば、追跡が可能です」
「……あなたは、そう仰ると思いました。そのような空気感がありました。しかし、分かりません。今出ている情報からはあなたがそこまで私達に協力する理由は無いように思いますが?」
シックスが尋ねる。
「皇女様の愛に報いる為でしょうか。優しさには優しさで報いたい、ふとそう思ったのです。それに御者をやっていましたから道案内なんて大した手間ではありません」
「ボクを恨まないのですか? 先程、話したでしょう。間接的ではありますが皇女様を殺したのはボクと言ってもいいかもしれない。しかも、あなたに会うまでそのことを一顧だにもしなかった」
ナナは、なるべく感情を抑制しながら言う。ナナには恨まれる覚悟なんて無かった。しかし、せめて皇女が死ぬことになった経緯について自分が知り得る全てのことを話した。そもそも、自分が知ることが少ない事に愕然としたが、それでも包み隠さず話したつもりだ。すなわち、ナナの仲間が馬車を墜とし皇女に死を齎した直接的要因であることを。その結果、恨まれることも予想していたが、獣の耳の少女はさらっと情報を受け流した。まだ、情報を処理しきれていなのだろうか。そんなことをナナは考えて黙っていたが、優しいなどと称されて口を挟まずにはいられなかった。
「それでは、私はスーさんの死について謝罪せねばなりません。それは、私が所属していた神聖狼馬帝国の罪ですから」
「そんな。謝罪なんて必要ありません」
「ねえ、ナナさん。初めて、私の耳を見た時、あなたはごく普通に接してくれました」
取り乱すナナを前に、獣の耳の少女は落ち着いた声で話す。
「本部の町でのことです。覚えていますか? 私はナナさんとスーさんの部屋の前で見張りをしていました。しかし、男たちに絡まれていざこざを起こしてしまいました。私のような珍妙な外見を持つ者にとってはよくあることです。そして、いざこざを不審に思って扉を開けたナナさんは私の姿を目にしました」
「特に何も無かったと思いますが? ボクはその時、言葉を交わした記憶すらない」
「それこそが私にとって得難い経験です。昔、皇女様が仰ってくれたことがあります。私の目、私の耳は祝福だと。私はその言葉を信じています。私は、その言葉を信じているからこそ、そうですね、言葉を交わした記憶が無いというのならば、その沈黙に期待しましょう。だから、協力しても良いと思えるのです」
ナナは戸惑う。自分は、そんな期待を寄せられるような人物では無い。本当の自分というのは、きっと他者を平気で害するような人間だとさえ思う。
「その通りだ。ナナはきっと未来を創る。ご協力感謝します」
ふと、周りを見ると、狼達がまたナナ達を背に乗せる為にしゃがんでいた。スプリングフィールドとサキマは早々に背に乗る。
「準備は整っているようですね。では、向かいましょうか」
獣の耳の少女が言った。




