第329話「信仰と虚実の砂漠5」
「この子は、エルフの子供です」
獣の耳の少女が答えた。
「エルフと言うと神話に登場するあの森の民族でしょうか?」
スプリングフィールドが尋ねる。
「神話? 分かりませんが、彼らは森を信仰する民でした。その最後の生き残りがこの子です」
最後か。そうかサカイ村の住人はこの赤子以外、死んだのか。ナナは何とも言えない気分になる。彼らには一度、殺されかけた。しかし、助けてくれた人もいた。……少し悲しい。どうやって死んだのかは聞くまでも無い。南都も滅ぼした例の災害に巻き込まれたのだろう。
サキマは黙って赤子を眺める。
「この子が答えのなのでしょうか?」
シックスが呟く。答えであるかどうかは分からない。そんなものが本当に存在するのかも。狼が自分達をここまで導いたことに深い意味は無い可能性もある。
「この子は、未来の象徴です」
獣の耳の少女は答えた。
「ああ、そうですね。赤子には未来が保障されて然るべきだ。そのことを認識できただけでも価値のある事でしょう」
シックスは赤子を慈しむように見つめた。
「何で、何でみんな普通に受け入れているんだ。変だろう、緑色の赤子なんて」
サキマが呟いた。思わず口から零れ出た言葉のようであった。
「それでは、私も変ですか?」
獣の耳の少女が淡々と尋ねる。
「変? いや、変なんかじゃない筈だ。人はそれぞれ異なる容姿を持って生まれてくる。そして、多様な愛の形があり、人は皆、祝福されている。だから、私は愛の園を作った。変な人間なんて存在しない筈だ」
サキマは混乱していた。サキマはこれまで、目の前の光景を何とか受容しようとしてきたが、緑の赤子を目前にして遂に限界を超えたのだろう。サキマは赤子の存在を普通のものとして処理出来ずにいた。
「祝福ですか。――あなたはお優しいのですね。あなたがどういった立場の人間なのかは分かりかねますが善人であることは分かりました。そして、どうやら事情をご存知無い様なので申し上げておきますが、私のような容姿の人間も、緑色の肌を持つ赤子も決してありふれた存在ではありません」
「いえ、私もあなた方も、それぞれが、この世界において当たり前に存在する1人の人間です。ただ、私がそれを認識していなかった。私は愚か者だ。全部、全部独りよがりだった」
サキマは突然、狂ったように笑い始めた。ナナは、どう声を掛ければいいのかも分からず呆然とする。まさかサキマにこのような一面があるとは思いもよらなかった。そうこうしているうちにスプリングフィールドがサキマに歩み寄った。背中をさすりサキマを落ち着かせる。
「すみません、取り乱しました」
「大丈夫ですか?」
シックスが尋ねる。
「ようやく殻を割れたような気がします」
サキマは質問には答えず、そう言った。
「殻?」
「固定観念の殻です。愛の園は失敗でしたが、その理念は誤りでは無かったと思ってきました。あらゆる愛の形が認められる理想の世界を夢想して、万物を許容した気になっていた。でも拙い妄想には収まりきらない人間がこの現実の世界にはいることを知った。これこそが私の旅の目的だったのかもしれない」
サキマは返答をしながらも、その言葉は段々とサキマ自身に語り掛けるように変化していく。そして、不意にシックスの方に目線を向けた。
「あなた方を奇妙に思う気持ちは払拭することは出来ません。しかし、奇妙と思いながらも受容することは出来ます」
もしかして、この「あなた方」にはシックスや自分も含まれているのだろうか。ナナはそう考えた。
「まあ、今、ここで全てを解決せずとも良いだろう。あまり気づかれていないようだが、私だって相応に驚いているんだぞ。それを何とか飲み込んでいるんだ。まあ、でも審判を何とか出来れば、その辺はゆっくりと消化していくことが出来るだろう」
スプリングフィールドが言った。ナナは思わず一息つきそうになるが首を振る。まだ、何も解決していないのだ。




