第326話「信仰と虚実の砂漠2」
「さて、少々、予想外のこともありましたが当初の予定は変わりません。大都コーサカを目指します」
シックスが言った。ナナ達は頷く。
「注意して進みましょう。何か異常に気付きましたらすぐに知らせて下さい。砂漠は時に嘘を付きますから」
「魔力の影響、という話でしたね」
スプリングフィールドが口を挟む。
「はい。MSの効力の範囲外ですので、魔力すなわち混沌の力を防ぐことは出来ません。一方で、魔術の力も阻害されないということですが。少なくとも、今の所は」
シックスが答える。
「今の所は?」
サキマが尋ねる。
「MSの効果を最大まで発揮しようと思ったら境界を敷設する必要がありますが、恐らく今回の遠征で、どうにか出来る問題では無いでしょう」
「魔女狩りが新しく開発した装置は、より強い秩序を作り出すが、その効果範囲は従来のものとそう変わらない。境界を引き直すにしても、それ相応の時間はかかるだろう」
スプリングフィールドがシックスの返答に付け加える。
「それは知っています。まだ、世界が現在ほど混沌に満ちていなかった時代に、海底ケーブルを用いた通信ネットワーク構想を転用して境界は敷かれた。或いは引かれた。現在も、人の技術で秩序を作り出そうとするのならば同じことをしなければならない。いや、当時よりも困難でしょう。だからこそ、技術革新を待たねばならなかった。しかし、神の奇跡でも同様のことを再現できるのでは無いかということを私は懸念しているのです」
サキマは語る。
「……私は必ずしも神と秩序が等号で結びつくとは思っていません。しかし、成程、そのような想定をすることも出来ますね。しかし、神の存在を今、考慮しても仕方の無い事です。結局、出来ることをやるしかないのですから」
シックスは淡々と言った。微妙な空気になる。一行は黙々と進んでいく。狼の遠吠えが定期的に聞こえる。しきりに情報をやりとしているようだった。ナナは耳を澄ませる。遠吠えは同じものを繰り返している訳では無い。辺りに目をやっても、風景は移り変わっている。足取りは順調で、砂漠は実に正直であった。
そう思った、矢先、景色が突然歪む。そして、目の前に、突然4匹の狼が現れる。敵意は無さそうだった。穏やかな表情をしていた。
「何の御用でしょうか?」
シックスが尋ねる。狼は返事をしない。しかし、お辞儀でもするように身を屈める。ナナは4匹の内、1匹がボロボロの包帯を巻いているのに気が付く。ナナは慎重に近づくと包帯を外す。傷はもう無かった。以前、スーがナナと共に助けた狼だ。
「まだ、恩を感じてくれているの?」
狼は返事をするように小さく吠えた。一度きりの善行にここまで尽くすとは、何という忠犬だろう。いや、違うか。ナナは気づく。スーの慈愛が、無償の優しさが、ずっと導いてくれているのだ。ナナの心の中にスーがいるように、狼の中にもスーがいたのだ。
「乗れと言っているみたいですね」
サキマが言った。どうやら、そのようだ。だから、身を屈めたのだろう。
「罠かもしれません。狼は真の神と共鳴する存在なのでしょう」
スプリングフィールドが言う。
「そうかもしれませんね。でも、多分、大丈夫だと思います」
ナナは狼に乗る。狼はゆっくりと立ち上がる。
「どうなっているのでしょう。狼は神の遣いであると思っていましたが。ナナのの影響? やはり、限りなく全知に近くてもそれは無知と変わらないようです」
シックスが呟く。
「神の下まで連れて行ってくれる?」
ナナが尋ねると狼は、また返事をするように吠える。
「皆さんも乗ってください」
「あ、ああ。うん、罠だとしても手掛かりではあるのですからね」
スプリングフィールドは自分自身に言い訳するように、狼に乗る。シックスとサキマも同じように狼に乗った。そして、狼は走り出した。




