第324話「イヤイヤ期」
シックスが何か、奇異なものを見るような目で自分を見てくる。ナナは口に出した言葉を少し後悔する。仲間の気持ちを無下にしたい訳では無かった。
「嫌って、どういうことでしょう」
シックスは声を荒げることもなく尋ねてくる。灰色の瞳は優しげである。ナナは、より一層、心苦しくなる。
「あれは、ボクの手に余る力です」
「だから私がいる。1人では手に余る事でも仲間がいれば乗り越えられる」
「同感です。ボクだってそう思います。仲間の為ならボクは命だって惜しまない」
「ならば何故?」
「仲間を危険に晒すことは出来ません」
ナナの言葉を聞いて、シックスは悲しそうな表情を浮かべる。或いは失望か、嘲りか。ナナには、その表情を完全に読み取ることは出来なかった。
「仲間の為に、命を尽くしたいと思っているのはナナだけじゃありませんよ」
シックスは慈愛に満ちた声で言った。ナナは、その言葉を聞けて嬉しかった。
「それならば尚更駄目です。命を共にできる仲間は何物にも代え難い。仲間を犠牲にして救われる世界なんて必要無い」
「危険性を過大評価していませんか? バンカの見積もりはそれ程、間違っていなかったと思いますよ。私がいれば、能力の制御を補助出来る筈です」
「単なる推測でしょう。理外の力、暴走する可能性だって十分にあります」
「世界を救う為と考えれば、それ程、分の悪い賭けでは無いでしょう」
シックスは戸惑っていた。
「ナナ、何故そんなにも拒絶をするのですか。私には分かりません」
「……そもそも、依頼人が死んでしまって、依頼の意義は既に失われているでしょう」
ナナは、また、しまったと思う。わざわざシックスの意見を真っ向から否定しなくてもよかった。
「ナナ、何を言っているんだ?」
シックスは今までに無い程、取り乱していた。
「分かりませんか?」
ナナはシックスの問いに逆に聞き返す。
「ああ、分からないよ。分からないことだらけだ。長い年月を経て、知識は蓄積された。感情を読み解く技術も身についた。でも、肝心なことは分かっていない。いや、全てを分かったつもりになるよりはいいか。人間の理性でたどり着ける場所には限界がある。分かったふりをするよりも分かろうとする姿勢を見せることが重要だ」
シックスは、話しながら徐々に落ち着いていく。
「ナナ、あなたの力があれば全てを救済することが出来ます。失ったものを取り返せる。あなたは……英雄になれる。私はその手伝いをしたいのです。だから、どうか承諾してください」
「無理です。経験則でしょうか。こういうのはどうせ上手くいかないって分かっているんです。あ、でも全てを拒否したい訳ではありません。シックスの意思は尊重したいと思っています。差し当たって出来ることとしては神の捜索でしょうか。手掛かりはありませんが」
「やはり、分からないな」
シックスは呟く。ナナは、その時ようやく気が付く。
「もしかして、怒っているのでしょうか?」
「ええ、怒っています。ただしナナに対してではありません。無知な自分自身に対してです」
「ごめんなさい」
ナナは謝罪を述べる。また狡い言葉だ。文脈を無視して無理やり会話を終わらせる方法。
「私こそ、謝らなければなりません。ナナのことを分かってあげられていない。ですが、神の居場所の手掛かりとしては、1つ心当たりがあります。大都コーサカを目指しましょう」
シックスが指をビシッと伸ばし大都の方角を指し示す。何処かで狼が遠吠えを1つした。




