第323話「虚無ってる」
「あー、これから何をすればいいのでしょう?」
ナナが言った。口に出して考えを整理したかった。だが、思考は混沌としている。少し悲しい様な気もしてきた。だが、それよりも戸惑いの気持ちの方が大きかった。方向性が見えてきたと思ったら出端をくじかれたのだ。どうにも頭が回らない。
「まあ、どうしようもない気分ですね。しかし、やることは変わらないのではないでしょうか? 世界を救う、これはバンカ個人からの依頼として託されましたが、バンカが死んでもその意義は失われない筈です」
シックスが答える。
「……最後の審判って悪い事なのか?」
スプリングフィールドが呟いた。
「神の国が到来するのでしょう。そう悪い事では無いのではないかと私は思ってしまうのですが」
「ですが、誰もが神の国に迎え入れられる訳ではありません」
サキマが言った。
「ああ、そうだな。だが、正しい者は必ず救われる、それで良いだろう」
スプリングフィールは自問するように言う。
「ええ。しかし、正否を判断する神の御意思の妥当性を誰が、判断することが出来るのでしょう?」
「はは、魔女狩りがそれを言うのですか。それとも、あなた個人の見解でしょうか?」
スプリングフィールドの物言いは丁寧であったが、語気は強い。
「はい、これは私の考えです。しかし、あの方、高等審問官様は、当たり前に未来があると信じていたからこそ、私を魔女狩りに勧誘したのだと思うのです。だから、例え、どのような形であろうと世界の終わりを受け入れるのは魔女狩りの指針として在り得ないことだと思います」
「……全く、最近の若者というのはこうなのでしょうか。私だってまだまだ若輩者ですが、若年者の思考の柔軟さには驚かされます。私もそうありたいと思っていますがどうしても保守的になってしまいます」
「私のは反権威的精神からくるやっかみであったかもしれません。自分達を認めてくれない社会が嫌いでした。だからみんなが楽しくられる場所が欲しかった。そんな考えが今でも払拭できていないのかもしれません」
「実に若者らしいですよ。だから、素晴らしい」
「……私って、先住民の血を引いているんです」
「あ、それは、――すみません。若者らしいという言葉で片付けるべきではありませんでしたね。確かに未だに社会の中には差別が根強く残っています」
「いえ、私は別に、保護政策時代の禍根が、とかそういう話をしたい訳ではありません。先住民の血は確かに、私の一部ですが、私を縛る全部でもないでしょうから。まあ、それは兎も角、今したいのは神の話です。一般に知られている通り、先住民の信仰においては沢山の神が存在します」
「ええ、それが唯一絶対の神と対立しました。そして、大陸に渡ってきた人々にとって、宗教儀式も奇妙なものに映りました。彼らは先住民を愚かな獣と決め付け、「保護」することにしました」
「私は、歴史の話がしたい訳ではありませんよ。ただ、私の実感を語りたいだけです。私は幼いころより神々が登場する幾つもの話を聞かされて育ってきました。私の部族に伝わるという伝承です」
サキマは少し笑う。これは余裕があるというより、自身の気持ちを解そうとして行った行為のように見える。
「ああ、そうか。いつだったか話していたコヨーテの話はあなたが実際に聞いた寝物語だったのですね。私も本で読んだことのあった話だったので気にも留めていなかったのですが、そういえばあなたはあの時、祖母の教えと言っていた」
「ああ、火を捕ってくるコヨーテの話ですね。コヨーテの話は様々な部族で似たような話があります。ですが、本ですと如何にも格調高く書かれているのでは無いでしょうか。慎重な著者でしたらそのコヨーテは唯一なる神の化身であると付け足すかもしれません。ですが、祖母の語りにおいて登場する神々は実に面白おかしく紹介されました。神々は私の友達でした」
スプリングフィールドは、サキマの言葉に口を挟むことなく黙って聞いている。
「――という訳で、私の実感としては、神も間違うことがあります。そういう時は誰かが諫めてやらなければいけないのだと思います」
サキマは口を閉ざすと不安そうな表情を浮かべる。悪いことを口にしてしまったと自覚する幼子のようだった。
「そうですね。言葉は大事ですね。私もそう思います」
スプリングフィールドはしみじみと呟く。サキマは一瞬、嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐに表情を曇らせる。
「いえ、やはり私の戯言でした。もし許して下さるのならば今の言葉は全て忘れて下さいませんか」
「心配せずとも、私も初めからあなたと同じ意見です。最後の審判を座して待つべきだとは思っていません。撤回する必要はありませんよ」
「私の言葉があなたの考えを変えてしまったのではないですか?」
「ふふ、ちょっと傲慢ですね。人の考えは変え難いからこそ、私達は言葉を交わすのです。私は、ただ頭の中で纏め切れなかった思いを整理したかったのです。私達がやろうとしていることは正義なのか、悪なのか。答えが出る筈もありませんが」
確かに、正解は分からない。この世界に果たして、正解はあるのだろうか。今、2人が語った物語の他にも、「再構築神話」と呼ばれる物語がある。崇高なる悪魔の物語、親愛なる神々の物語、絶対なる神の物語、果たして、どれが正しいのか。ナナは「悪魔」による再構築を体感している訳だが、だからといって他の物語が否定された訳でない。
「ひとまず、話はまとまったようですね」
シックスが口を挟む。
「はい。先程の門番の話は、誰かに話せるようなことではありません。私達4人でことを進めていきましょう。それに、人員を投入してどうにか出来る問題であるとも思いませんので」
スプリングフィールドが答える。
「レミントンにも話さなくていいのですか?」
ナナは尋ねる。
「忙しい友を混乱させたくはありません。それに――」
「それに?」
「いえ、何でもありません」
スプリングフィールドはそれ以上、答えるつもりは無いようだった。
「では、早速、訓練を始めましょう。いつ、事態が動くか分かりませんから。門番の態度を見るに、まだ猶予はあると推測していますが、門番の内心は分かりようもありませんから」
ナナの返事は決まっている。当然である。
「嫌です」




