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ナナの世界  作者: 桜田咲
第3章「ラーマーヤナ」
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第321話「物語、それは世界」

 魔術書か。バンカの言葉にナナは思い出す。バンカはその外見に見合わぬ程、体重が軽かった。そして、魔力を取り込むことが出来る不思議な体質。ずっと引っかかっていたものがようやく取れたような感覚だった。だが、バンカの正体が明かされたからといって、何の解決にもなっていない。バンカがこの場に現れた目的が不明である。


「私は、尋ねなければなりません。何故、スーを殺したのか」


 シックスが言った。存外に冷静である。だが、バンカは黙っている。


「沈黙を答えに代えることなど許しません。要求します。『私』を納得させる言葉を」


「大義の為と言ったら、あなたは受容出来ますか。私が、人類と人類が紡いできた詩歌の存続の為に行動してきたと言ったらあなたは私を赦免出来ますか」


「それは……それは、あまりにも言葉足らずです」


「私がスーを殺しました。そして、運命がスーを殺しました。それだけが事実です」


 バンカは言った。シックスは静かに続きの言葉を待つ。


「――スーは、()()()世界でも同じように死の運命を迎えています。そして、1つ前、私が殺した世界においても本来、事故死する運命だったのでしょう。再構築後の世界からナナがやって来たことで私は、そう判断しました。世界に刻まれた運命を改変することは可能です。紡がれた物語に手を加え、改稿出来るように。しかし、改変には危険が伴う」


 バンカは一呼吸置く。


「最終的な私の目標は運命の改変です。けれども、次の世界への引継ぎが確定している以上、私は、あの時、あの地点で世界が滅びてしまうことは避けねばなりませんでした」


「矛盾しているのではありませんか? あなたの行為が『私』の怒りを誘引し、結果、あの世界は滅びました」


「いえ、世界は終わりましたが、滅びてはいません」


「何が違うのですか?」


「ここでいう世界の終わりとは物語の完結です。単に続きが存在しないだけで世界が失われた訳ではありません。世界の滅びとは物語の棄却です。この時、世界は本当の意味で終焉を迎えると言えるでしょう。そして、全ての物語が棄却された時、世界を書き直すことも出来ません。再構築も無かったことになってしまうのです」


 サキマが落ち着きが無さそうに膝をゆする。話を完全に理解できている訳では無いだろうが、偶然居合わせた身でとんでもない話を聞かされて戸惑っているのだろう。だが、サキマがここで話を聞くというのもそれこそ、運命なのかもしれない。ナナはふと思う。


「……すみません、話を脱線させてしまいましたね。前置きは省きます。では、何が世界を滅ぼすのですか?」


 シックスはそう尋ねながらも既に心当たりがあるようだった。


「神。神が最後の審判によって、全ての運命を清算し、結果として現存する世界は滅びます」


「はは、突然、知っている話が出て来たな。そうして神の国が到来するんだろう?」


 スプリングフィールドが冗談を言っているかのように粗雑な口調で言った。


「ええ、それが全ての運命の終着点なのです。しかし、私の望むところではありません」


 バンカは呟く。 


「魔女狩りを怒らせそうな言葉だな」


 スプリングフィールドはサキマをちらりと見る。サキマは言葉を咀嚼するのに必死なようで視線には気付かない。


「神の国を導くのは人の行動によるべきです。最後の審判は寓話としてあればいいのであり、本当に神が降臨してくるのは、出しゃばりというものでしょう」


 スプリングフィールドはバンカの言葉に思わず吹き出す。ナナも少し笑った。出しゃばりか。


「では、()()世界を変えるのですか?」


「誰しも物語を紡ぎ、運命を変える力を持っています。ですが神の導く終焉に対抗出来るのは、神の抗弁者たる悪魔しかいないでしょう」


 ナナはバンカの視線が自分に向いているのに気づく。


「そうか、私の予感は間違っていなかった。……理解出来ました。丁寧に答えて頂いてありがとうございます。実の所、私は、あなたの殺生を非難する資格を持っているとは思っていません。それでも私は『私』の為に質問をする義務がありました」


「理解して頂けたようで何よりです。では、冒険者として、魔術師バンカとして冒険者組合に依頼を出します。どうか、世界を救って下さい」


「冒険者組合に、ですか。ふふ、良いですね」


 その言葉は救いでもあった。もしかしたら、まだ、取り戻すことが出来るものあるのかもしれない。そんな予感をナナに抱かせた。


「全くこれは叙事詩か何かか。遠大な話を聞かされてしまいましたね。一応、お尋ねしますが、比喩ではなく文字通りの意味で捉えていいのですよね?」


 スプリングフィールドが言った。


「ええ、大真面目な話です。ですが、私達の生きる今がいずれ叙事詩になるかもしれませんよ」


 シックスが答える。


「そうなれば、私がその詩を未来に持って行きましょう」


 バンカが言った。ナナ達は笑い合った。因縁を払拭するように。そして、決意を固める為に。


「さて、今後の指針を少しだけ話すとしましょう。まずナナの能力を完成させることです。聖域も観察しましたが、あれらを見るに能力はまだ不完全ですね。恐らく感情に起因する揺れがあるのでしょう。ですので、感情を制御し、”意志”によって能力を発動出来るように訓練します。その時、世の理を覆すその能力は、神に抗う力になるでしょう」


「そんなことが出来るのですか?」


「先代の悪魔であるシックス、そして、自分で言うのも何ですがこの魔術師バンカがいるので、訓練には絶好の機会です。能力のコツも掴みやすいでしょうし、暴走しても対処が可能です」


「ちょっと、ちょっと待ってください。どういうことですか? ナナさんが悪魔ということですか? そしてシックスさんが先代? 彼らは普通の人間でしょう」


 サキマはまだそんなことを言ってくれるのか。


「そうですね、いい機会なので説明しましょう。シックスとナナは何となく察しているでしょうが、彼らは悪魔と呼ばれる存在なのです。神の紡ぐ言葉に抗弁することが出来る者という意味で、です。他意はありませんのでご安心を。身分と考えて貰っても構いません。そして、シックスは前の世界における悪魔で、ナナは今回の世界における悪魔なのです」


 まあ、サキマが恐らく想像しているような存在とも自分はそう遠くもないかもしれないけれど。ナナは心中で付け足す。でも、依頼を受けた以上、卑下ばかりしているのも辞めよう。これは任務だ。


「そう、ですか」


 サキマは考え込むように口を噤む。


「まあ、まだまだ語らねばならないことが多いのは理解しています。折を見て少しずつ話していきましょう。本題に戻ります。能力の完成に並行して、神の捜索も進めていく必要があります。審判の時も近い。既に神はこの世界に降臨しています。私は副議長に随行することで、その覚醒を確認しています。しかし、今、何処にいるのかは不明です。門番が隠しているのかもしれません。私達の目的は、最後の審判が始まる前に、神に接触し、審判の手続きを完全に破棄させることです」


「ちょっと待って下さい。副議長?」


 ナナが尋ねる。どうやら、バンカとはよくよく話し合う時間を設けた方が良さそうである。


「ええ、彼の心中で眠っていた神格が覚醒したのです。それが神が降臨という訳です」


「あなたは副議長に恩があって側にいたのだと思っていました」


 ナナは何の気なしに言った。別に何かを穿った発言では無かった。バンカは副議長を監視していたのかと了解したのみである。しかし、バンカの表情は曇った。


「それも、事実です。だが、それはまさに神の悪戯というものでしょう。もう、副議長、フヒトという人格は存在しないので彼への恩は私の内に記されるのみです。――副議長の人格は神に統合されてしまいましたから」


「悪戯じゃないよ。運命だ」


 門番が言った。やはり、門番は唐突に現れた。これはある意味で予想通りといった所である。だが、完全なる予想外はその後に起こった。


 バンカが後ずさる。そして、バンカが消えた。いや、これは変化したというのだろうか。或いは戻った。地面に本が散らばった。実に様々な装丁の本がある。『万葉集巻第一』『万葉集巻第二』……。『西本願寺萬葉集解説』、『漫画で学ぶ万葉集』、『やまとの文学・万葉集(1)』……。門番は散らばった本の中からひと際、ボロボロの本を拾い上げる。


「全く、困ったことだ。神恩を裏切るとは。だが、運命は既に決している。では、良い終末を」


 門番は姿を消す。そして散らばった本も砂のように崩れ落ちて消えた。一連の行動を皆、言葉を発することもせずただ見ていることしか出来なかった。


「……は?」


 バンカには聞くべきことが数多くあった筈である。だが、まさか、もう、出来ないのか、バンカと言葉を交わすことは。何が起きた? 死んだのか。いや、殺されたのか。門番は何をした? ナナは虚無感に襲われる。感情も動かない。どうすればいいんだ、これ。


 


 


 


 








 







 





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