第32話「エルフ」
夜になった。静かに馬車を村の近くに向かわせる。村人が複数人を連れて樽を運んできた。
「森の方から来たということは砂漠へと向かうのだろう? 水を多めに用意した」
「どうも、ありがとう」
ドゥーが答える。
「それで、あんたらは何を望む?」
「……次、あなた方が訪れた時には村に歓迎できるようにしよう。その時、返礼をお願いする」
「いいのか?」
村人は実質、無償で物資を提供すると言っているようなものであった。
「倉は1つ失われたが、損失は大したものではなかった。こうしてあなた方に物資を提供しても問題は生じない」
村人は憂いの表情を見せる。村人は多くを語らなかったが、その思いを推測することは出来た。少ない損失に対して過剰に排他的になった人々に対して反対する気持ちをこの村人は持っているのだろう。だからこそ部外者に対する支援も行おうという気にもなった。ナナはそう考えた。
「そうか。では返礼という訳でもないが情報提供でもしようかな」
ドゥーは少年を呼んだ。少年は無邪気に馬車から降りて、姿を現す。
「おい、どういうつもりだ」
アラカが焦った声を出す。
「この少年は村を訪れたことがあるらしいんだけど覚えてない?」
ドゥーはアラカを無視して尋ねる。
「……」
辺りに緊張が走る。
「覚えてないかな?」
ドゥーは再度尋ねた。
「いえ、覚えはない。どこかで見たような顔だとも思ったが確信はない」
「では、件の少年ではないと」
「ああ、それは断言出来る」
「そう、それは残念」
「では、私はこれでお暇させていただく」
村人は、人を連れて村へと戻って行った。
「エルフって案外、町の人と変わらないんだね」
少年は場の空気を読むことなく感想を述べた。
「まあ、別に生物の種として異なる訳ではないからな」
より正確には種としての分化が始まっている段階であると言う。時折、人間の枠から外れたような個人が生まれることがある。それが集団で発生すれば新しい種へと発展していくことだろう。あるいは町の人間が変化したのかもしれない。そして取り残された少数に別の名がつく。ナナは生物学者ではないので詳しくは知らない。
「エルフは容姿端麗が多いと言われている。それに身体能力に長けて、魔術の才に優れている人も多いらしいよ」
スーが補足するように言う。
「へー、そうなんだ」
少年は無邪気に言う。しかし、本当にそうなのだろうか。どこか演じているようにも感じられる。
少年はたった今、嫌疑をかけられていたのだ。アラカはドゥーの勝手な行いにあからさまにムッとしている。それなのに少年は何の反応も見せなかった。取り敢えず、少年への疑いは村での事件に対しては大方晴れた筈である。それでも、一向に少年のことが判明した気がしなかった。




